第92話 村の少年マルク
エリナーが用意した袖の細いオーバーチュニックを着て、腰回りを細帯で締めた上から控えめの装飾が施されたシュールコーを重ね、ブラウンのウィッグを私は被った。
アリスとエリナー、ロバート、コリンも同じく庶民の服を着て変装した。
エリナーが言うには、外出時にトラブルに巻き込まれてもいいように庶民用の変装セットは常備しているのだとか。
腰まであるホワイトブロンド色の髪をまとめてキャラメルブロンド色のウィッグを被っているものの、アリスの可愛さは隠せない。可愛い。
「これでアルトト村に行ってもいいの?」
「ボロは出さないように気を付けてくださいね。私たちがロズイドルフ領、ウォード家の人間だと知られるとアリス様の立場が悪くなりますので」
「分かってる」
エリナーに釘を刺された私は力強く頷いた。これは私のわがままだから、アリスたちに迷惑はかけられない。
本来なら私だけでアルトト村に行くべきなのだろうけれど、それはエリナーたちに反対されてしまった。
アリスまで巻き込んで申し訳ない、とアリスを盗み見るとめずらしい服装にそわそわしていた。
シュールコーを掴んで少し持ち上げたアリスは少し爪先立ちになって一回転する。
「見て見てカレナ! おそろい!」
無邪気に笑うアリスに私は一瞬抱いた申し訳なさが吹き飛んだ。いや、巻き込んだからには怪我なくウォード家に連れて帰らないといけないんだけど。
私に笑みを向けてくるアリスにつられて私はシュールコーを掴んで同じようなポーズで笑った。
徒歩で向かう途中、アルトト村の近くで一人の男の子が座って手にしていた木の棒で地面を突いていた。
駆け寄った私が声をかけると、そばかす顔の男の子は灰色の瞳で私を見る。見るからに痩せていて、ろくに食べ物を食べていないことがわかる。
「おねえさんたち、だれ?」
舌ったらずで問う男の子を私は観察した。
ブラウン色の短髪に灰色の瞳、体内を流れる魔力からウェネーフィカではあるけれど、流れる魔力は弱く栄養失調から滞りが起こりかけている。
「私たちは通りすがりの魔石研究者だよ」
「ませき?」
「そう。村に案内してほしいんだけどいいかな?」
小さな男の子とはいえ、魔石研究者を名乗る怪しい集団が現れれば警戒くらいするだろう。ここは反応を待つしかない。
なるべく笑みを絶やさないようにしていた私に男の子は立ち上がった。
「うん、いいよ。こっち」
「いいんだ。ありがとう。ねえ、村で変わったこととかある?」
村の方に向かって歩き出した男の子について行きながら私は質問を投げかけた。
「かわったこと?」
しまった。漠然と変わったことを聞いたところでこの子がわかるとは限らない。聞き方が悪かったかな。前を歩く男の子が立ち止まり、困ったように首を傾けた。
「聞き方が悪かったね。うーん、例えば村の誰かが倒れたとか」
「うん。それならおとなの人たちが何人かたおれたよ」
「それはいつ頃?」
倒れたと聞いて私の脳裏に浮かんだのは魔力暴走で廃人のようになる手前まで陥った人たちがいる可能性だった。
倒れた時期から換算すればまだカヤ様の時のように持ち直せる。食い気味に聞いてしまった私に男の子は目を丸くしている。
心配そうにアリスが私の袖を引いた。私はアリスに頷いて男の子と目線を合わせるために膝を折る。
「驚かせてごめんね。そういえば名乗っていなかったね、私はカレナって言うの」
「カレナ?」
私の名前を繰り返す男の子に私は頷いた。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「うん。マルクだよ」
「マルクか、いい名前だね。あのね、倒れた人たちをもしかしたら助けられるかもしれないんだ」
「たすけてくれる、の?」
マルクの灰色の瞳が期待に染まる。村の大人たちが倒れて不安だったのだろう。
私たちと出会っても泣かずにいたマルクは助けてくれる誰かがいることに安堵したのか、期待に染まった瞳から次第に目が潤み始めた。
それでも、泣かないと決めているのか袖で目元を拭うと私たちに背を向けて再び村に向けて歩き出した。




