第91話 寂れた村
馬車に揺られながらアリスは上機嫌に鼻歌を歌っている。その様子を見ていた私はエリナーと目が合って互いに笑った。
このまま馬車に乗っていれば街に着くだろう。私はふいに窓の外に視線を向けた。情景が流れていく中で一つの村に目が留まる。
小さな村の周囲に緑はほとんどなく、荒野が広がっているだけで、畑らしかった場所は荒れ果てていた。
「ねえ、あの村って」
声をかける私に反応したアリスとエリナーが窓の外を見た。
「ああ、アルトト村ですね」
「アルトト村? なんだか寂れているように見えるのだけど」
私の言葉にアリスとエリナーが言いにくそうに目を伏せる。気を利かせたコリンが御者に馬車を止めるように伝えた。
止まった馬車から降りた私に続いてアリスも降りてきた。アルトト村を見つめるアリスのヘーゼル色の瞳が揺れる。何か複雑な事情でもあるのだろうか。
「アルトト村はね、少し事情があるの。私たちウォード家が治めるロズイドルフ領と、他の領主が治めるトフス領の境にあるの」
「ロズイドルフ領との境にある村」
頷いたアリスに続いてエリナーが口を挟んだ。
「二つの領にまたがるが故にこちらの庇護下に入れることができないのです」
つまり、片方の領が肩入れできない。
助けを求められてもトフス領の領主様へお伺いを立てて許可が下りなければ助けることはできず、かといってトフス領の領主様は税を課すだけで何もしないのだという。
悔しそうに小さな拳を握りしめるアリスの細い肩にエリナーがそっと手を添えた。
「ロズイドルフ領ということは、領民はウェネーフィカ?」
「ええ。でも、学園リメリパテに通えるのはごく一部で、魔力の扱いも村で伝えていると聞いたことがあるわ」
「カレナ様」
「……まだ何もやってないんだけど?」
村の方に足を向けようとした私にエリナーが名を呼んで引き止めた。不満そうにエリナーを見つめると、相手は真顔のままだ。
「アルトト村に行こうなどとお考えですか?」
「うぐ」
声を詰まらせる私にエリナーとアリスが視線を向けてくる。いや、だって気になるじゃない? 魔力持ちのウェネーフィカがいる村なのに活気がまるでない。
魔力を活用すれば実りある土地が出来るはずなのに荒れ果てている。もしかしたら魔力暴走を起こしている人がいるのかもしれない。
視線を泳がせている私にエリナーがため息混じりに肩をすくめた。
「アリス様、バトンタッチです」
「ええ!? 私?」
エリナーがアリスの背中を押して私の前に立たせる。困惑しているアリスが手を組んだままの指を撫でながら私を見上げた。
「カレナはどうしてアルトト村に行きたいの?」
「ウェネーフィカがいるのに活気がないのが怪しいからよ。もしかしたら魔力暴走を起こしている人がいるのかもしれない」
「そう……。でも、私たちロズイドルフ領の人間が許可なく手を貸すのは禁じられているの」
申し訳なさそうに眉を下げているアリスが祈るように強く手を組んだ。アリスの立場的にどうすることもできないからこそ、もどかしいのだろう。
ロズイドルフ領か、うーん。待てよ? 私ってまだ婚約はしているけれど、正式に籍は入れていないのでは?
「ねえ、私の立場って籍は入れてないからまだフリーなのでは?」
「そ、そうなるわね? ってカレナ!?」
「お察しの通り、カレナ様はまだ正式なウォード家の人間ではありませんね」
私の言いたいことを悟ったエリナーが諦めたように息をついた。アリスも気づいたようで私とエリナーを交互に見つめる。
「という事で、私は通りすがりの魔石研究者という立場でちょっとアルトト村に行って来ようと思う!」
「思う! じゃないわよ!」
珍しくアリスがツッコんだ。「もー」と頬を膨らませているアリスの背中を優しく撫でたエリナーが口を開いた。
「そう言うと思いました。仕方ありません。こんな時もあろうかと変装一式持ってきておりますので、変装してから行きますよ」
「う、うん。ありがとう」
変装一式を準備するって、どういう想定していたんだろう。私は困惑しながらもエリナーの用意していた服に袖を通した。




