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第87話 神様の名前

 立ち上がって礼を述べた私に神様はニコリ、と微笑んで同じく立ち上がった。そろそろ帰らなければエリナーたちが心配している頃だろう。


 今から森を出て屋敷に帰るのにしても時間がかかる。私は魔石の入った鞄を手にした。


「帰るかい? それならば出口まで送ろう」


 草を踏みながら神様は私の隣に並んで歩き出す。なぜか上機嫌な神様につられているのか、ヘイエイの足取りも軽い。


 そういえば、神様の名前って聞いてなかったな。そもそも神様に名前はあるのだろうか? 考えている間に疑問が口をついて出た。


「神様ってさ、名前あるの?」


「ないよ」


 即答されてしまった。気分を害したわけではないのか、神様の周囲には変わらず花が飛んでいるように見えるほど緩く笑っている。


「そっか。ごめんなさい」


「君が謝る必要はないよ。神様ってそういうものだから」


「でも、不便じゃない?」


「不便?」


 疑問符を浮かべている神様は首を傾けた。足を止めた神様が人差し指を顎に添えて「んー?」と考え込んでいる姿を見て不便に感じたことはなさそう、と思った。


「……ここには僕以外にいないからね」


「あ」


 寂しそうに神様の口からこぼれた言葉に私は口を閉じた。そっか、ここには神様しかない。


 たまに師匠と連絡を取り合ってはいても、二人だけだから名前で呼び合う必要はないのかもしれない。


 魔石獣たちは言葉を話さないし、意思疎通ができてもそれはヘイエイと目を合わせて疎通を図っていたように言葉は必要ないのだろう。


 シルバーブロンド色の髪を耳にかけた神様の横顔は寂し気に映った。


「君が気に病む必要はないよ」


 私の顔を見た神様が微笑んで私の頭を軽く撫でた。うぉお、誰かに頭を撫でられるとか何年振りだろう? 師匠以外に撫でられたの初めてだな。


 うーん、この年になるとむずがゆいような、恥ずかしいような。それにしてもこの神様撫でるの雑だ。髪が乱れる。


「もう! 子どもみたいに扱うのはやめてよ」


「おっと、すまない。ははは、君が小さなころから見ていたからついね」


 手を離した神様が眉を下げた。手を引っ込めた神様を見ていた私はふと、提案が一つ浮かんだ。


「ねえ、神様」


「ん~、なんだい」


 すぐに緩く笑う神様に調子が狂う。落ち込んだと思えば、何事もなかったかのように笑う。それが人間ではない神様という存在なのだろうか。


「一つ提案があるんだけど」


「提案?」


 神様が興味深そうにアメジスト色の瞳を輝かせて私を見る。いや、大したことじゃないのにそんな期待に満ちた目で見られても困る。


「ああ、そう! 提案! ねえ、神様。名前を付けてもいい? それか、あだ名!」


「名前? 僕に名前をくれるのかい?」


 きょとん、と何度も目をしばたたかせた神様は少しずつ言葉が浸透してきたのようで、目元を緩めた。


 私の名づけを待っている神様はどこかそわそわしていて、名前を考えている私を見つめている。いくつか候補を頭の中で挙げてようやく決めた。


 神様の名前は


「名前〝アルマ〟はどう?」


「アルマ?」


「うん。恵みとか、命の起源って意味なんだけど。神様にぴったりかなって」


 神様は口元を手で覆って黙ってしまった。嫌だったかな? 不安になった私は神様の顔を覗きこんだ。


「あの、嫌だったら嫌って言って。他の名前考えるから」


「ううん、違うんだ。純粋に嬉しくて言葉にできなかっただけ。うん、いいね」


 首を緩く左右に振った神様は再び花が咲くように笑う。少しむずがゆくなった私は顔をそらして指で頬を掻いた。


「それじゃあ、今日から僕はアルマと名乗ろう。ありがとうカレナ。大切にする」


「うん!」


 アルマの笑みにつられて私も頬を緩ませた。


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