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第86話 忠告

 ひとしきり笑った神様は目尻に溜まった涙を拭って息をついた。ヘイエイの耳がピン、と立って神様の膝から飛び降りる。


 草をサクサク踏んでヘイエイが私の足元に戻ってきた。少しだけ寂しそうな目をした神様は視線を私に移して微笑んだ。


「すっかり話こんじゃったね。そろそろ帰らないと君を心配する人がいるだろう?」


 心配する人と聞いて最初に浮かんだのはアランの顔。


 真顔だと少し怖い印象なのに、心配そうに揺れるヘーゼル色の瞳と怪我がないか確認するように触れる指先の感触を思い出す。


 いやいや、アランは今王宮で仕事中でしょ! 私がテリブの森に来てることなんて知らないはずなのになんで今顔を思い出したんだろう。


 私は神様に悟られる前に何度か頭を左右に振って思考を散らした。


「いますね。えっと、アリスとかエリナーとか屋敷の人たちが」


「屋敷の人たち、ねぇ」


 含みのあるいい方をする神様は人差し指を顎に添えてアメジスト色の双眸を細めている。


 あれ? もしかして神様にアランとのこととか筒抜けだったりするのかな。


 師匠が連絡役って言ってたし、サリーと同じことをしているのとだとしたら神様はほとんど知っていることになるんだけど?


「なんですかその目は」


「あははは、ごめんごめん。なんでもないよ。君が順調に育っていてくれて嬉しいんだ」


 穏やかな顔をして優しい声音で言う神様は親みたいだ。広い意味では親のような存在だから間違ってはいないのか。


「そういえば神様はどうして姿を現してくれたんですか?」


 最後に聞いておきたいことを私は口にした。何度かテリブの森に足を運んでいるのにも関わらず神様は今まで姿を現したことがなかった。


 ヘイエイを救ったからそのお礼のつもりだったのだろうか、それとも他に理由があるのか。


 他に思い当たるのは姿を現す条件のようなものがあるのか、私は神様からの返事を待った。


「昔、君が荒れていた時に一度姿を現そうかと思っていたんだけどね、そのときはウェネーフィカの少年がいたから諦めたんだ」


 あー、私がアランと出会った時のことか。じゃあ、アランと出会っていなかったら神様と遭遇していたのか。


 でもその代りアランとは今のような関係にはなっていないと思うと神様とは今日会ってよかったな。


「そうだったんですね」


「うん。伝えたいことも伝えられたし良かった。……一つ忠告がある」


「忠告ですか?」


 真剣な顔で私を見据えた神様に緊張が走る。自然と背筋が伸びてごくり、と喉が鳴った。


「君のその特別な力は地下と学園内にいるうちはまだ秘匿されていた。だけど、君は外に出て力を使っている」


 神様の指した外で力を使ったというのは、コリン、カヤ様、騎士団の団員ジャック、ルイ。ティエリーたちのことだろう。


 でもこの力は神様がウェネーフィカを助けるために私に与えたのだから外で使うのは当たり前では? 私の疑問が顔に出ていたみたいで神様は困ったように眉を下げた。


「使う分には問題ないんだけどね、君の力を利用しようと目論んでいる者たちがいるみたいなんだ。だから、忠告がてら姿を現したんだ」


「私の力を利用しようとしてる人たちがいる!? 何のために?」


「詳しくはルーシーに聞くといい。僕はルーシーからカレナが来たら伝えろと言われていただけだからね」


 師匠が? 下顎に手を添えて私は思考を巡らせた。思い当たるのはアンスロポスの医者と薬包紙に入った謎の薬。まさかもう解析が終わったの!? 


 まあ、王宮の研究室ならサリーを含めて優秀な人材がそろっているのだから当たり前か。


「忠告、ありがとうございます。神様」


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