第72話 天秤にかける
しまった。口を滑らせてしまった。
「な、なんでもないよ~」
「絶対うそ! エリナー、ルイーズ」
頬を引きつらせながら誤魔化そうとする私にアリスは頬膨らませながら即否定してエリナーとルイーズを呼んだ。
疑問符を浮かべる私の前でエリナーとルイーズが近づいてくる。
「カレナ様、悪く思わないでくださいね~」
「アリス様の命令は絶対ですので」
そう言いながら二人はテーブルに置かれたクッキーが並べられたトレイを手にして私から遠ざけた。
「ふっふっふ! カレナ、エリナーたちの作ったクッキーが食べたければ大人しく話して」
「くっ。ひ、卑怯者~!」
「カレナが話せばいいだけよ」
美少女の微笑みほど可愛くて怖いものはない。エリナーの作ったクッキーを先に一つ食べているせいか、取り上げられると恋しくなる。
私はエリナーの作ったクッキーとアランとの出かける約束を天秤にかけた。よし、話そう! 天秤がクッキーの方に大きく傾いた。
「分かった。話すからクッキーをテーブルに戻して!」
私の返答は予想外だったのだろう。目を丸くしたアリスがエリナーとルイーズを見る。二人はアリスの指示なしで頷くとトレイをテーブルに戻した。
「言っておくけど、期待しているような進展とかじゃないからね!」
「いいのよ! 少なくともお兄様となにかあったというだけで私は嬉しいの」
くすぐったくなって私は頬を掻いた。気持ちを落ち着けるためにクッキーを一つ口に入れて紅茶を飲んだ私は深呼吸をしてからアリスに話した。
「帰りにドレスの弁償を持ちかけたんだけど、気にしなくていいって言われてね」
「お兄様ならそう言うと思うわ。買ったのはお兄様なのだし」
アリスは腕を組みながら大きく頷いた。
「それでも弁償を譲らない私にアラン様は一つ頼みをしてきたの」
「頼み?」
首を傾けるアリスに私は頷いて続きを話した。
「今度王都まで一緒に行ってほしいってことよ」
私の言葉にアリスは目をしばたたかせてエリナーとルイーズを見る。つられて私もエリナーたちを見ると、二人は大きく頷いた。
「カ、カレナ。それってデ、デートってこと?」
「デート? そんなんじゃないでしょ。ただ一緒に王都に行くだけよ」
「二人きりで行くのよね? それをデートというのよ」
両拳を作りながらフンス、と得意げな顔でアリスは鼻を鳴らした。
「もう、お兄様ったらしっかりカレナとの距離を詰めようとしているのね。そうと決まればやることは一つよ!」
一人で納得したように呟いているアリスが立ち上がった。突然の行動に目を丸くしたままアリスを見上げている私に相手は満面の笑みを向けてくる。
なぜか嫌な予感がして私は頬を引きつらせた。
「な、なにをする気?」
「もちろん、デート用の服とかアクセサリーを用意するの! デートの日はいつ?」
ぐいぐい来るアリスに私は頬を引きつらせたまま後退しようとしたけれど、ソファーに座ったままだ。逃げ場なんてない。
さらに言えばエリナーとルイーズが私の両隣に立って逃げ場を塞ぎにきた。
「出かける日はまだ決まってないわよ!?」
「そっか、お兄様明日から王宮に行くからおそらく一週間は帰ってこないのよね」
「ということは最低一週間ほど準備期間がありますね」
冷静にエリナーが言うと瞳を輝かせたアリスが服やアクセサリーの候補を挙げ始める。楽しそうにしている顔を見ていると何も言えなくなって私は苦笑した。
ふと、ネックレスを挙げていたアリスがこちらをジッと見つめてきた。
「どうしたの?」
「……カレナってばお兄様にネックレスをプレゼントしたの?」
「なんのこと?」
私の返答が不満だったのか、アリスが納得していないと言いたげに眉を寄せたままだ。
ネックレスをプレゼントした覚えはないんだけど、あ。魔石を使うのにネックレスの台座に取り付けて渡したんだ。
それをプレゼントだと思ったのか。説明するには時間がかかるし、どうしたものか。
「……お兄様ばかりカレナからネックレスのプレゼントなんてズルいわ」
「え?」
「あ。ううん! なんでもないの!」
ふいに出た言葉はしっかりと私に耳に届いている。けれど、アリスは両手を振りながら誤魔化そうとしていた。
おそらく自分のわがままで私を困らせると思ったのだろう。そんなこと思わなくていいのに。
「魔石で良ければアクセサリー作ろうか?」
「いいの!?」
眉を下げていたアリスの表情が一気に明るくなった。そんな顔を見せられたら作らないとは言えない。せっかくならエリナーたちにもなにか作ろうかな。
「いいわよ」
「楽しみだわ」
両手を合わせて嬉しそうに微笑むアリスを見て私は目元を緩めた。




