第62話 帰宅の準備
模擬戦のあと、昼食までご馳走になった私たちはそろそろウォード家に戻るべく身支度を整えていた。
身支度と言ってもそんなに荷物は持ってきていないので時間はかからなかった。
「ここの滞在もあっという間でしたね。魔石も手に入ったし、現役の騎士団とも模擬戦できたしで楽しかったです」
魔石を布で包みながら私はアランの方を向いた。アランは椅子に座ったまま私の方を見ている。見てないで何か言ってほしいんですけど。
「あの、なにか?」
「いや。屋敷にいるときとは違うきみの顔が見られてよかったなと思っていた」
「っ、そ、そうですか」
びっくりした。急に微笑むんだもの。冷酷な噂はどこにいったのよ。
思えば私はアランの冷酷な一面を見ていないのだけれど、初対面のときは冷酷というよりも不愛想って感じだったし。本当にこの人冷酷なの?
「カレナ? どうかしたのか」
アランの微笑に止まっていた私は首を緩く振って魔石を鞄に入れた。
「なんでもありません。……あ」
私の声にアランがテーブルに置かれたものを見る。白い薬包紙が三つ。ジャックたちの部屋からもらってきたものだ。
三人を診たというアンスロポス側の医者が処方した薬が入っている。薬を服用してから魔力暴走が加速したみたいだから、薬に何かしらの細工でもしあるのだろうか。
自然と私の眉が寄る。
「それは王宮に提出するんだろう?」
アランの問いに私は薬包紙を小さめのポーチに入れながら頷いた。
「はい。師匠たちに経緯を説明して薬の成分を調べてもらいます。カヤ様が処方されていた薬と類似してそうですし」
「たしかカヤ様の件もアンスロポス側の医者が関与していなかったか?」
「ええ。ネヴィル公が言うにはアンスロポス側の医者の治療ミス、ということでしたけどカヤ様も同じ薬を処方されていた可能性もありますね」
アンスロポス側の医者の存在が気になるけれど、ここで得られる情報はこれだけだ。王宮に薬を提出する時に師匠から情報を聞き出すか、サリーに聞くか。
いずれにしても、その医者の存在を掴まなければ同じ被害者が増えていくのかもしれない。魔力暴走は決して珍しい現象ではない。
地下のキキーイルには魔力暴走で廃人と化したウェネーフィカが何人も運ばれてきたのを見ている。
地下都市キキーイルは行き場を無くし、表から消えたウェネーフィカたちの墓場でもあった。
死を待つだけのウェネーフィカたちから魔石を採取して眠らせるのがプロトポロスである地下都市の人々の役割だった。
だから自然とそうなってしまったのなら仕方ない。けれど、意図的に魔力暴走を起こさせているのだとしたら許すことはできない。
「何かが起こっている気はしますが、調べてみないことには解らないですね。ともあれジャックたちが無事で良かったです」
廃人となったウェネーフィカたちの顔を思い出した私は無意識に表情に影が差していたのだろう。
近づいてきたアランがそっと手を伸ばして私の頬に触れた。顔を上げた先、心配そうな顔をしているアランがこちらを見ていた。
「大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です。すみません」
「いや。きみのその表情は魔石獣の幼体以来だな。……きみは笑っている方がいい」
「……」
小さく微笑んだアランを直視してしまった私の思考は一時停止していた。一気に頬に熱が集中していくのがわかる。
「な、なな! 急になにを言いだすんですか⁉」
「ははは。少しいつものきみに戻ったみたいだな」
アランの手が離れていくのがなぜか少しだけ寂しく感じた。ん? 寂しい? なんで?
今浮かんだ気持ちの意味が分からず私は首を傾けたところでタイミングよく扉がノックされた。
「お二人とも準備は出来ましたか?」
返事のあと、控えめに開けた扉から顔を出したアレックスに私は鞄を手にして部屋を後にした。




