第58話 模擬戦開始
アレックスが片手を下ろしたのと同時、マーティンとロッドが動き出す。マーティンが私の前に、ロッドがアランの前に出た。
細身の体格のマーティンが片手を上げると、宙に火の玉が五つ浮かぶ。すぐに私も応戦すべく水の玉を同じ数浮かべた。
マーティンの口角が上がり、私の方へ手を向けた。瞬間、火の玉がこちらへ飛んでくる。私も手を下ろして水の玉で相殺した。
ぶつかった衝撃で水蒸気が発生して周囲が見えなくなる。
「くっ」
「うわっ!」
水蒸気に飲み込まれたマーティンとロッドが腕で口元を覆う。晴れるまで身動きが取れない二人には悪いけど、私にはこの眼があるから関係ないのよね。
赤いフレームの眼鏡越しに周囲を見渡せば、魔力が視える。一つはアランのもの。他二つはマーティンとロッドのものだ。
三人ともその場から動けていないみたいだった。私は足音を立てないようにマーティンの背後に回り込み、水蒸気を集めていくつもの矢を作り凍らせた。
私の気配に気付いたマーティンが振り返る。
「反応が早いのはいいことよね。でも一歩遅い」
火を出す暇を与えず私は氷の矢を放った。マーティンが腰の剣を抜いて矢を打ち落としながら後退する。
すかさず私は水で槍を作り凍らせてマーティンへ向けた。
「わぁ~。マーティンが後れを取っているのを見る日が来るなんて」
のんびりした声が聞こえたと思えば、一歩踏み込んだ私の足元が歪んでバランスを崩した。
「っと!」
地面が泥のようになっている。足を取られる前に後ろに下がった私にマーティンが火の矢を浴びせてきた。
「カレナ!」
アランの焦った声が聞こえる。そんなに心配しなくてもこれくらい矢はさばけるっての! 私は風の魔石を使って矢の向きを変えた。
矢が向かう先はロッドとアラン。悪気はなかったのだけれど、足もとを崩してくれたロッドを狙ったつもりが、矢が飛んだ先はちょうどアランと剣を打ち合わせているところだった。
「あ。アラン様~! 避けてください!」
「は!?」
私の声にすばやく反応したアランが矢を剣で弾く。ロッドは「わわっ」と声を上げながらも慌てる素振りは見せず、土の壁で火の矢を防いでいた。
「いい反応!」
マーティンもロッドもさすがアレックスが選んだだけある。戦闘に慣れていると見た。めちゃくちゃ楽しい!
「……楽しそうだな」
「はい!」
頬を引きつらせたアランに私は満面の笑みで答えた。
「ねえ、マーティン。楽しい?」
土の壁を解いてマーティンの隣に移動してきたロッドが問う。
「うん。まあ、ね。でもこんなに火の魔法を防がれたのは初めてだからなんか複雑なんだけど」
「まあまあ、相手はカレナ様とアラン様なんだからそう落ち込まないで」
ロッドは小柄でよく笑う子なんだけど、たぶんマーティンよりも肝が据わっているんだろうな。
のんびりした口調でこちらのペースを崩しながらも戦況をよく見ている。マーティンといいコンビだな。
「カレナ。この後はどうする?」
「そうですね、アラン様はマーティンの相手を頼んでもいいですか? ロッドとも戦ってみたいんです!」
「きみ、俺といる時よりもわくわくしてないか?」
おっと、そう見えたか。久しぶりの戦闘が楽しすぎて頬が緩んでしまう。引き締めなくては!
「そんなことないですよ? あれです。アラン様との共闘が楽しいからです!」
我ながら良い言い回しだったんじゃない? アランを盗み見る。
「そうか。……そうか」
あ、なんかすっごく嬉しそう。
「マーティン、次は俺が相手をする。ロッドはカレナの相手をしてくれ」
「はーい」
「はい!」
どうやらアランがやる気を出してしまったらしい。口元を吊り上げている。まあ、いいか。




