第3話 婚約の理由
「カレナはどうして座り込んでいるの?」
「いや、突然の婚約と拒否権はないと告げられたショックのあまり崩れ落ちていたところで」
「そう」
アリスは片手を差し出して私を立ち上がらせると再び兄であるアランを見上げた。
「言葉足らずなお兄様のことだからただ今日から婚約したと告げただけではないですか?」
「それ以外に言う事があるのか?」
眉を寄せるアランにアリスが顔に似合わない盛大な溜息を吐いた。
右手を額に添えて首を軽く左右に振っている。
「ちゃんと理由を告げないとカレナだって困惑します。納得だってもちろんしないでしょう。いくらお決めになったのが、お父様やルーシー様と言えど、当人に理由もなく勝手に婚約話を進めるのは感心しません!」
両手を腰に当てて兄を咎める姿は妹というよりも姉の様だと思っても口にはしないでおこう。というか、ちゃんと理由あったんだ。
それも師匠とウォード家当主の間で婚姻話が勝手に進められて決定事項を伝えられたと。
師匠の顔を思い浮かべながら私は再びイラッとした。
今度会ったら魔石をいくつかお詫びとして貰おう。その前に理由があるなら聞いておきたい。
「ねえ、理由があるならとりあえず聞いておきたいんだけど」
私の声に振り向いたアリスがほら、やっぱりと言わんばかりに兄を見た。アランはしぶしぶと言った様子で口を開く。
「君との婚約は政略的なものだ。君の研究している魔石や魔鉱物は人々の生活の役に立っているのは事実だ。さらに、魔力を持たないアンスロポスが魔獣と渡り合うには魔石を加工した魔道具が必要になる。それはまだ良い。だが、最近は近隣の国がそれに目を付け始めた。君たちもさっき言っていただろう。アンスロポス側の軍人が軍事利用を目的に魔道具を集めていると」
魔石は魔力を持つウェネーフィカや魔獣、魔石獣から生まれる。
魔石は魔力持ちにとっては不要な物で、魔獣の出没するテリブの森に近いトゥムガル領に住む普通の人間たちは魔石を利用して魔獣から身を守ってきた歴史がある。
その研究は今でも受け継がれ、魔道具として進化を遂げてきた。
魔道具以外にも生活を楽にするために魔石や魔鉱物の研究は進められている。
私たちはあくまで魔物と戦うために魔石を加工しているのであって人同士の争いの道具としてではない。
「それと貴方との婚約の繋がりが見えないのですが」
口を挟んだ私をアランはジッと見下ろした。
睨んでいるわけではないけれど、雰囲気が冷たく感じて萎縮してしまう。
これが冷酷と呼ばれる所以だろうか。私を見たアリスが代わりに割って入る。