第175話 頑張ったね、ルネ
否定するようにルネが何度も首を左右に振る。きつく拳を握りしめたまま肩を震わせるルネはうつむいて泣いている。
床にいくつもの雫が落ちていく。なぐさめの言葉を紡ぐなんてできない私は事実しか言えない。
「ルネ、あなたの作る人工魔石は本物と見紛うほどきれいよ。あなたには才能がある」
勢いよく顔を上げたルネの顔は涙に濡れていて、驚いたように碧眼を大きく見開いた。
無意識なのだろうか。ルネは自分の頭に手を乗せた。
「……お母様と同じ」
「ルネ?」
ポツリと小さくこぼしたルネに私は聞き返した。
ルネに目配せをしたセオドアが代わりに答える。
「今カレナが言ったことは亡き王妃ケイトリン様がルネに言っていた言葉なんだ」
「そう、なんだ」
幼かったルネにウェネーフィカだった王妃ケイトリンは魔石のことを教えていた。
魔石に興味を持ったルネを喜んだケイトリンは書物や研究室を用意してはいたが、独学で人工魔石を作っていたルネに驚きつつもほめていたらしい。
ケイトリンはよくほめるときにルネの頭を撫でていたのだとセオドアが懐かしそうに話す。
だからルネはさっき自分の頭に手を乗せたんだ。
きっと母親の手の感触を思い出したのだろうか。
嗚咽を交えながら溢れる涙を腕で何度も拭っているルネは幼い子どものようで私は彼女に近づいた。
「カレナ」
ルネを守るように前に立つセオドアに私は緩く首を左右に振って安心させるように小さく微笑む。
大丈夫。
ルネに危害を加えるつもりはない。セオドアがそっと退けた。
「ルネ」
私はルネを驚かさないように静かに手を伸ばした。
相手に触れるか触れないかの距離。
今度はルネは私の手を振り払わない。私はもう一歩近づいてルネの身体を抱きしめた。
身を固くするルネの背中に手を回して優しく撫でれば、ルネの身体から力が抜けた。
私よりも少しだけ背の高いルネがおずおずと私の背に手を回して赤いジャケットをきつく握りしめた。
肩に顔を埋めたルネは声を殺して泣いているのか、じんわりと肩が濡れていくのが分かる。
私はそのままルネの背を幼子をあやすように優しく何度も叩いた。
「ルネ、聞いて。私もね、魔石の研究をしているのは大切な人たちを救うためなの」
微かにルネがぴくりと反応を示す。私は構わず続けた。
「もしかしたらもうすでに死んでいるのかもしれない。でも、私は魔石の研究を続けて私を育ててくれた家族のような人たちを救いたいの」
キキーイルでアンスロポスの軍人たちから魔石の軍事利用を防ぐために自ら石化の魔石を使って石化を選択した大切な私の家族。
「ま、せきの研、究は……楽し、い?」
涙声でルネが聞いてくる。そんなの答えは決まってる。私はルネをギュッと抱きしめた。
「ええ。もちろん! だって魔石の研究はたくさんの人を救うことに繋がるし、それに魔石はきれい!」
「……私は、あなたみたい、に魔石を、好きに、なれな、い。それ、に……っ、私は、私、は。お母様を、見捨て……っ、う、……」
力が抜けたルネが膝から崩れ落ちる。私はルネを支えながら共に床に座り込んだ。
ルネはケイトリンが太古の魔石獣に魔力暴走を引き起こされた時に何も出来なかったことをずっと悔いているんだ。
それなのに見捨てたと思って自分を責めながらも太古の魔石獣の研究を続けて、好きになれない魔石もツバリナ領の人たちを守るために人工魔石を作って太古の魔石獣に食わせていたんだ。
「好きになれないのにずっと研究を続けていたんだね。……頑張ったね、ルネ」
私はしがみついて泣いているルネの頭をケイトリンのようにはなれないけれど、少しでもルネの気持ちが軽くなるならと撫でた。
「私ね、魔石の研究は好きだし魔石に目がないんだけど荒れていた時期があったの。バーサーカーみたいに見境なく魔石を集めてたり、暴走状態の魔石獣に挑みかかったり」
私の肩口から顔を上げたルネが涙に濡れた瞳をしばたたかせた。
瞬き一つで涙がこぼれる。
そんなルネに私は二ッと笑いかけると、つられてルネが小さく笑った。
「カレ、ナ冗談が、好きなんだ」
「……」
私は無言でそっと視線をそらした。冗談じゃないんだけど。まあ、ルネが笑ってくれたからいいか。




