第173話 アルベール専用の魔道具
三人で刷毛を探すこと数十分。シンシアが見つけてくれた刷毛はビーカーに入るくらいの大きさだった。うん、ちょうどいい。
「シンシア、ありがとう! これでアルベールに魔道具が作れる!」
「カレナ、眼鏡に何を塗る気なの? 洗朱色の魔石を砕いて液体と混ぜていたけれど、魔石の効果も分からないし」
ルネが聞いてくる。ここで話してもいいけど、実際に見た方が早い。それに、魔道具を作れても成功するとは限らない。
「アルベールの眼を隠さなくてもいい魔道具かな。あとは実際に見た方が早いから戻ろう」
「うん」
私たちは物置を後にして再び研究室へと戻った。
「あ、おかえり~。刷毛は見つかったみたいだね」
「ええ。セオドアは読書でもしていたの?」
椅子に腰かけて脚を組んだまま本を読んでいたセオドアに私は刷毛を見せた。
「まあ、そんなところかな」
曖昧に笑ったセオドアが本を机に置く。ハードカバーの本の表紙は裏返されていて分からない。
魔石関連の本なのかな。アンスロポスの領で出版されている魔石関連の本は気になるな。あとで聞いてみよう。
いやいや、まずは魔道具の作成が先! 私は刷毛をコーティング剤の入ったビーカーの中に浸けた。
眼鏡のガラス部分を外して刷毛で内側から外側にかけて塗っていく。
テーブルで作業していた私は視線を感じて振り向くと、背後にはルネとセオドアだけでなく、彼らの一歩後ろでシンシアとユーベルが覗き込んでいた。
「え、なに?」
刷毛を手にしたままの私に四人は続きをしろ、と目で促してくる。いや、そんなに見られたら集中できないって! かと言って邪魔とは言えないし。
私は諦めて作業を続けた。
ガラス面に魔石入りのコーティング剤を塗ってしばらく置いて乾いたのを確認した私は眼鏡にガラスをはめ込んだ。
「できた」
見た目はガラス面が少し暗くなっていること以外変化はない。当然私が眼鏡をかけたところで効果も発動しない。
これはアルベールが使うことで効果を発揮する魔道具。私は寝台で体を起こしていたアルベールに眼鏡を手渡した。
「アルベール。この眼鏡は魔道具の一種よ。とりあえずかけてみてくれない?」
「かけてみてくれとは言うが、オレが眼鏡をかけた途端に石化するんじゃないのか?」
「それを防ぐための魔道具よ。まあ、アルベールの言う通り失敗していれば眼鏡が石化するんだけど」
苦笑する私の気配を感じたのか、アルベールが目元を覆う布に手をかけた。はらり、と解けた布がアルベールの膝に落ちる。
「カレナたちを石化するわけにはいかないから、少し離れていてくれないか?」
「うん。分かった」
私はルネやセオドアの背中を押してアルベールから距離を取った。魔道具が成功したのかどうか。この瞬間はいつも緊張する。
私は喉を鳴らしながらアルベールを見守った。アルベールが眼鏡をかけて静かに目を開いた。
「……」
アルベールの赤い瞳がガラス面を映した瞬間、塗っていたコーティング剤に含まれたレティーシャの魔石が効果を発揮する。
石化の魔力を無効化しているのか、アルベールが見ているさっきまで目元を覆っていた布は石化してない。
驚いているアルベールは今度は自分の手を見つめた。石化してない自分の手を見ているアルベールは微かに肩を震わせている。
「アルベール?」
声をかけると、反応したアルベールが私の方を向いた。赤い瞳が私を映す。
「カ、レナ……?」
「ええ。そうよ」
そっか。アルベールは私の姿を初めて目にしたんだ。
「緑がかった茶色の髪にアイスブルー色の瞳か。はは、想像していたよりもきれいな女性だったんだな」
「それはどういう意味よ」
アルベールが顔をくしゃりとしながら笑う。想像していたよりもってどういうことよ! そりゃあ、サリー曰く黙っていればきれいだって言われていたけど。
「……そっちがセオドアにルネ。シンシア、ウィリーか」
「ええ。ってアルベール!?」
褐色の肌に透明な雫が滑った。困惑しているアルベールは指で涙を拭っている。
「はは、もう石化の魔力を使う以外に何かを見る機会なんて訪れないと思っていたからな。思いの外胸が熱くなっている」
胸を押さえて俯くアルベールはたぶんいろいろと諦めていたんだろうな。
石化の魔力を持つということは発動する場所によるけれど、アルベールの場合見たモノ全てを石化してしまうから視界を長い間閉ざされていた。
この魔力を持つ限り視界を閉ざすことを受け入れていたんだろうな。何はともあれ魔道具が上手くできて良かった。私は内心ガッツポーズした。
「これからはたくさん見て感じたら良いんじゃない。ね、助かって良かったでしょ?」
アルベールに満面の笑みを向けると、アルベールが私の方を見て同じように笑い返した。




