第170話 まあ、まずは私に助けられなさい
アルベールを研究室へと運び終えて寝台へと寝かせた私はジャケットを脱いで鞄の中を漁った。
「カレナ、何を始めるの?」
「ルネ! 急にごめんね。アルベールが魔力暴走を起こしてしまったから今から魔力暴走を鎮めるの」
ウェーブがかった金色の髪をポニーテールにしているルネが私の背後で鞄の中を覗き込んでくる。
「魔力暴走を鎮める?」
「そうよ」
なじみがないのか、ルネが不思議そうに首を傾ける。
「ええ。この透明な石には魔力が宿っていないの。これにアルベールの魔力を移して暴走を止める治療の一種よ」
「そう、なんだ」
透明な石に視線を落とすルネの声が少しだけ暗くなる。
「ルネ?」
「ルネはこの領でしか生活したことないから魔力暴走の鎮め方を聞いて驚いているんだよ」
疑問符を浮かべている私にセオドアが補足してくれる。「ね?」とセオドアがルネに問うとルネは笑みを浮かべた。
でも、少しだけ笑みを貼り付けたように見えたのは私の気のせいじゃないはず。
「カレナ、私はなにをしたらいいの? 私も魔力暴走の鎮め方見ていてもいい?」
矢継ぎ早に聞いてくるルネに押された私は透明な石を手にしたまま頷いた。
「ええ。見ていてもいいわよ。手伝ってくれるならアルベールの身体をセオドアと一緒に押さえていてほしい」
「えー、僕も?」
セオドアが面倒くさそうに口を尖らせる。あんたがアルベールを太古の魔石獣のところに連れて行かなければこんなことになってないっての!
私は拳をきつく握り言いたいことを呑み込んだ。
「そうよ! あんたも手伝うの! ほら、ルネを見習いなさい」
ルネはさっそく寝台に仰向けになってうめき声を上げているアルベールの身体を押さえている。私が目配せをするとセオドアも視線をルネとアルベールに向けた。
「セオドア」
名前をルネから呼ばれたセオドアは諦めたように息をつくとセオドアもアルベールの身体を押さえた。
「これでいいかい?」
「いいわ。アルベール、少しの間だけ我慢して。すぐに楽になるわ」
私はアルベールを観察して魔力の流れを視た。魔力の滞りは地下で視た通り両目に集中している。このまま放置すればアルベールの視力は失われてしまう。
「……っ、このま、ま。魔力、暴走を放、置……すれば、オレ、の視、力は、なくなる、んだろ? なら、この、ま、ま……っ」
「視力を失えば石化の魔力を使わなくて済むって言いたいの? 残念ながら視力は失っても魔力は失わないわよ。それに魔力暴走の果てには廃人になるの」
「……」
アルベールだけじゃなくて、ルネもセオドアも無言になる。視線をアルベールからそらす二人は痛みに耐えるような表情をしている。
なんでこの二人が痛そうな顔をするの?
「アルベール、あなたはこれから助かるの。そして、石化の魔力を気にすることなくモノを見ることができるようになるわ」
「それ、は、ど、ういう……?」
「まあ、まずは私に助けられなさい。生きて今の世界をたくさん見て。私はこう見えて魔石の研究者よ? それくらい任せなさい!」
胸を張る私にアルベールが力なく笑う。
「魔石の研究者」
「そうよ。私は魔石の研究者。ルネもセオドアもでしょ」
「……ルネはともかく僕は君が思うほどの研究者じゃないよ」
自嘲気味に笑うセオドアにルネが気遣うような視線を送る。二人の間に何があるのかは私にはわからないけど、今は気にしている時間はない。
「セオドアがなんて思っていようと私からすれば魔石の研究者は貴重なの。だから魔石に携わる人はみんな私の仲間よ」
「ははは、カレナはほんと変わってるね」
セオドアが苦笑する。
「なんとでも言えばいいわ。ほら、さっさと始めるわよ」
私は透明な石をアルベールの目元に添えた。意識を集中させて魔力の流れを視る。
「アフェレーシス」
透明な石にアルベールの魔力が流れ込んでいく。




