第166話 目覚めさせたあとのこと
太古の魔石獣を殺すため? 私は息を呑んだ。たしかに生命活動を終えた魔石獣が自我を失って暴れた際にアンスロポスが倒す。
でも、その太古の魔石獣はまだ生命活動を終えてないみたいだけど。私の表情から考えを読み取ったのか、ブラッドリーが息をついた。
「お前の言いたいことも分かる。だが、ヤツが生きているかぎりこの土地は魔石の恩恵を受けることもできない」
「……」
黙って聞いている私にブラッドリーが続ける。
「地下牢にいる間、セオドアから食事をもらったな? あれはこの国で出せる食料の中でも恵まれた方だ」
地下牢で出されたのはパンとソーセージ。ロズイドルフ領のパンとは食感が違うだけだとは思っていたけれど、あれが恵まれた食事だったの。私は言葉を失った。
「ヤツは封じられながらも日々地脈から魔力を吸収し続けている。我が土地に残されていた僅かな魔力でさえヤツは奪いつくす」
「作物がだんだんと育たなくなってきたんだ。今は残りの資産を使って他国から物資を交換している状態なんだよ」
肩をすくめるセオドアを私は横目で見る。
「そんな貴重な食べ物を私たちに与えたのは太古の魔石獣を目覚めさせるため?」
「ああ。餓死されても困るからな」
ブラッドリーは表情を崩さない。
「私をここに連れてきた目的は分かったわ。けど、どうしてウェネーフィカに相談しなかったの? セオドアがいた王宮の研究棟には魔石の研究者たちが多く在籍していたでしょ」
私の問いにブラッドリーが鼻で笑った。
「相談したところでウェネーフィカたちが協力すると思うか? 魔力を吸収するだけでなく、ウェネーフィカ自身を取り込んでしまう化け物を目覚めさせて自分たちの脅威を増やしたいと思うか?」
「それ、は」
私は言葉に詰まった。王妃ごと取り込んだ太古の魔石獣が目覚めれば間違いなくウェネーフィカたちが狙われる。
太古の魔石獣の大きさが分からないけれど、巨大だった場合多くのウェネーフィカたちが犠牲になるだろう。それが分かっていて師匠や王様たちが協力するだろうか。
「見捨てるでしょ」
隣でセオドアが感情のこもっていない声で言う。見捨てるなんてしない、なんて私には言えない。
アランやアリスたちウェネーフィカたちを危険にさらすことになるのが分かっているのに目覚めされるなんてできない。
だけど、太古の魔石獣のせいでこの国が滅びそうなのを黙って受け入れろ、なんて私には言えない。どちらも天秤にかけるには責任が重すぎる。
「お前を連れてきたのは太古の魔石獣を目覚めさせるためだけだ。それが済んだら解放してやる」
とは言いつつも、解放されたあとでは命の保証はなさそう。
「目覚めさせた後に殺すと言ってましたが、殺す武器はあるんですか?」
「ああ。我が国で作った兵器がある。だが、それが効くかは分からん」
試すことができないものね。太古の魔石獣と初めて対峙して兵器が使える保証もないってことか。
「仮に兵器が効かなかった場合、太古の魔石獣が魔力を求めてウェネーフィカたちの領へ向かう可能性はあると思いますけど」
「そうだな。だが、そうなっても最終的に我が国から出て行ってくれれば良い」
「それはあんまりよ!」
諦めたように言い放つブラッドリーに私は声を荒げた。アランやアリス、ウォード家の人々、アルトト村の人たち、レティーシャ、グリア、みんなの顔が浮かぶ。
みんなを死なせるわけにはいかない。ブラッドリーを睨み付ける私を相手は見下ろしてくる。
「なら、お前に案があるのか? 太古の魔石獣を地下に封じ続ければ近いうちにこの国は亡びる。それを受け入れろと?」
「受け入れてほしいなんて思ってない。案だって今は思い浮かばないわ。でも、実際に太古の魔石獣を見てみないと案も浮かばない」
ブラッドリーが肩を揺らした。笑ってる?
「お前のような勇ましい小娘は嫌いではない。どうせ見せるつもりだったんだ。セオドア、ヤツの元に案内してやれ」
「はい。ブラッドリー様」




