第164話 城主ブラッドリー
寄り道を終えてセオドアが足を止めたのは長い廊下の一番奥。重厚な扉には豪華な装飾が施されている。
「ここが城主、ブラッドリー様の待つ謁見の間。寄り道しちゃったから待たせちゃったかな」
「待たせちゃったかな? じゃないわよ。怒られるんじゃないの?」
研究員であるセオドアが城主よりも権力があるとは思えない。
けれど、首が飛ぶと言いながらも平然としているセオドアを見ているとブラッドリーとの関係は他の人と違うのかもしれない。
「私たちはここまでです」
シンシアとユーベルが扉の前で止まり一礼する。侍女と執事は入室できないってことか。
「じゃあ、扉を開けるよ」
セオドアが扉を開けると、重みのある音と共に扉がゆっくりと開かれる。
広い部屋に赤い絨毯が真っ直ぐ敷かれていて、その先に視線を向けると、数段ある階段の上に一人の男性が腰かけていた。
長い脚を組み、肘置きに肘を付きながら碧眼がこちらを見据えている。私はごくり、と喉を鳴らした。衛兵が誰もいない。
不用心だな。襲われる心配がないと慢心しているのか、それとも城主本人が強いのか。
「ようやく来たかセオドア。遅いぞ」
威圧感のある風貌に似合う渋い声が響いた。
「すみません、ブラッドリー様。途中で研究室に立ち寄っていたので遅くなりました」
「研究室だと?」
赤い絨毯の上を歩きながらセオドアが寄り道をしていたことを包み隠さず話す。セオドアの後ろを私はアルベールの手を引きながらついて行く。
下手に口出しすることもできないからここはセオドアに任せるしかない。
「そうなんですよ。カレナは魔石の研究者ですからね、つい足が止まってしまって」
「そうか。ルネには会ったのか?」
聞いてくれるんだ。ブラッドリーは肘を付いたままルネの名前を出す。
城主でありながら研究者のことを認知しているってことはルネが有名なのか、それとも城内の人を全員把握しているのか。
「会いましたよ。カレナと意気投合しそうだったので止めましたけど」
肩をすくめるセオドアにブラッドリーが肩を震わせて笑い始める。
「そうか。ルネと気が合う人材がいるとは思わなかったな」
近くで見るとブラッドリーは金髪碧眼のおじさんだ。顔立ちは端正ではっきりしている。
あご髭をたくわえているブラッドリーはなんとなくルネと似ている感じがする。
隣でセオドアが片膝を付いたのに合わせて私はアルベールに耳打ちして同じように片膝を付いた。
「ブラッドリー様、こちらがカレナ。そしてアルベールです」
「アルベールのことは知っている。石化の魔力を持っているんだったか。そして、お前がカレナか。見れば普通の女だな」
失礼だなこの人。普通の女だから何よ! 同じ城主でもジェラルド様やシーラ様とはまた雰囲気も物言いも全然違うのね。
ジェラルド様たちは物腰が柔らかいというか何というか。でも、ブラッドリーは思ったことをすぐに口に出すような人だ。見た目通りワイルドさがある。
「気を悪くしたか? すまんな」
「いえ。口を挟むことをお許しください。ブラッドリー様、なぜ私をここへ連れてきたのですか?」
首を左右に振った私はブラッドリーを見上げた。そうだ。私をここに連れてきた目的を聞かなければいけない。
サリーやウェネーフィカの研究員たちを傷つけてまで私をさらった理由が今の私には必要だ。
「セオドアは説明してないのか?」
「ええ。僕よりもブラッドリー様が直々に話すべきかと思いましたので」
物怖じしないどころかセオドアはニコリとブラッドリーに笑みを向ける。セオドアは肝が据わっているのか、それともこういう性格なのか。
「そうだな」
気を悪くすることなくブラッドリーは足を組みなおしてあご髭を撫でた。
「カレナ。魔力の流れを視ることができ、魔石を研究するお前に頼みたいことがある」
「頼みたいこと、ですか?」
ブラッドリーが頷く。
「ああ。お前にはこの領の地下深くに封じられている巨大な化け物……いや、違うな。ルネが言うには太古の魔石獣か。あれを目覚めさせてほしい」
「は?」
思いもよらない発言に私は立場を忘れて間の抜けた声を上げた。




