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第163話 研究者ルネ

 城内をセオドアが案内しながら歩いている。私はともかく執事にふんしているユーベルがいるのに説明して大丈夫かな。


 でも、ウェネーフィカのユーベルが執事ですなんて言えるわけないし私は黙ってセオドアの説明を聞いていた。


「あ、この部屋は」


 通りかかった部屋の扉は開いていて、そこから光が漏れている。大理石の床に光が反射して私は足を止めた。


「魔石の研究室?」


「そうだよ。ここが僕たちの研究室! ……と言っても今はあまり稼働してないけど」


 室内に足を踏み入れたセオドアは誇らしげに話す。


「あれ、セオドアだ。めずらしくきっちりした格好じゃん。どうしたの?」


 白衣を着た女性がセオドアに気付いて声をかけてきた。ウェーブがかった金色の髪を頭上で束ねている女性が近づいてくる。


「ルネ。今からブラッドリー様との謁見があるんだよ」


「ふ~ん。あ、そっちの人は?」


 謁見には興味がないのかルネが眼鏡越しに私を見た。興味深そうに碧眼が私を映す。


「こっちの女性がカレナ。それと目を隠しているのがアルベールだよ。アルベールのことは知っているだろ」


「カレナ、カレナ……。もしかして、ウェネーフィカの領にいた人?」


 ルネがさらに距離を詰めてくる。セオドアといい、ルネといい距離の詰め方が急すぎる。碧眼を細めたルネが私を観察する。


「魔石の研究してる人でしょ? 私はルネっていうの! よろしくね」


「カレナよ。あの、一応捕虜なんだけど。よろしくしていいの?」


 アンスロポスからすれば敵国の人間だし捕虜の身なのに人懐っこい笑みを向けてくるルネに私はつい、口から問いがこぼれていた。


 きょとん、と目をしばたたかせていたルネは肩を震わせて笑い始めた。


「それもそうか! でも、あなたも魔石の研究をしているんでしょ? なら、同じじゃない」


 今度は私が目をしばたたかせる番だった。同じ魔石の研究をする者同士なら所属する領が違っても関係ない。私はルネにつられて肩の力が抜けて笑った。


「ルネは魔石の何を研究してるの?」


「聞きたい!? ちょっと待ってて今資料を」


 表情を輝かせたルネが部屋の奥にある棚に向かって駆けだしたところでセオドアがストップをかけた。


「待ってルネ! 今から僕たちはブラッドリー様と謁見があるって言っただろう!?」


 セオドアの制止の声にルネが足を止める。不満そうに頬を膨らませてこちらを振り向いたルネにセオドアが肩をすくめた。


「はぁ。ほんと、ルネは研究のこととなると目の色が変わる。そういうところはカレナそっくりだね。……君たち似た者同士じゃない?」


 少しバカにしたような顔を私に向けてくるセオドアに私はジト目で返した。何よ、魔石のことになると見境がないって言いたいの? 


 いや、見境がないのは否定できない。


「えぇ~。ブラッドリー様との謁見はいつ終わるの? 終わったら研究室に立ち寄ってくれる? カレナを連れて来てくれる?」


 ねえ、ねえ、とセオドアが口を挟む暇がないくらい矢継ぎ早に質問を重ねてくるルネにセオドアがうんざりしている。


「うんうん、分かった、分かった。ちゃんと謁見が終わったら連れてくるから。ほら、それまでは大人しくこの魔石の研究をしておいて」


 セオドアがルネに渡したのは私の所有している魔石だった。はぁ!? 私の魔石なんだけど!


「ちょっとそれ!」


「さ、行こうか。ブラッドリー様をお待たせすると僕の首が飛んじゃうからさ~」


 手渡された魔石に瞳を輝かせたルネが夢中になっている間にへらへら笑いながらセオドアが私の背を押して研究室から出て行く。


「セオドア、あんた絶対に許さないから」


「はははは~。一度スイッチが入ったルネから逃げるにはこうするしかないんだよね」


 さらり、と受け流すセオドアに私は眉を寄せる。


 いや、待って。


 私の魔石がこの研究室に置いてあるってことが分かっただけでも十分じゃない? よし、ブラッドリーとの謁見が終わったら魔石を回収しよう。


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