第160話 表情の変化
浴室は一人用で大理石の床にシャワーと浴槽が設置されている。シンシアが準備してくれていたのだろうか、すでに浴槽にはお湯が張られていた。
私は蛇口を捻ってお湯を頭から浴びた。仕組みはウェネーフィカの領と変わらないのね。
水や火の魔力や魔石が使えないのならこのお湯はどうやって出しているのか気になる。身体を洗いながら私は今後のことを考えていた。
ここはアンスロポスの領で城の中。しかも謁見というからにはこの国の王と対面することになる。
「この国の王が私に何の用があるって言うのよ。それにセオドアが見せようとしてるアレってなに?」
この土地が魔力を拒む理由がセオドアの言うアレ。物なのか、生物なのかも全然分からない。私は頭からお湯を浴びて泡を落とした。
浴槽にしばらく浸かってから上がると、シンシアが着替えを用意していた。
「こちらが着替えです。手伝いは必要ですか? 必要であればお手伝いしますが」
「ううん。必要ないわ」
「分かりました。では、傍で控えておりますので何かあれば何なりと。言っておきますが、あなたの監視も仰せつかっておりますので」
シンシアは表情を変えない。そういえばそうよね。他国の捕虜を一人にするはずないわよね。セオドアの代わりの監視役がシンシアってわけね。
「残念ながら逃げるつもりはないわよ。土地勘がない場所で逃げたって体力の無駄だもの。それに武器も取り上げられているし」
「そうですか。……あなたは戦える人なのですか?」
シャツの袖に腕を通している私にシンシアが初めて質問してきた。
「そうよ。ここに連れてこられる前はセオドアの連れてきた兵士とも戦ったし、普段は魔獣や魔石獣と戦っていたのよ」
「女性なのに?」
シンシアは表情は崩さないまでも瞳が微かに興味を惹かれているのか、輝いて見える。
「女性だから戦えないってことはないでしょ。私は魔石のためなら戦えるわ。……兵士と戦ったのは理由が違うけど」
兵士の話題にシンシアが視線をそらした。私のことは恐らく入浴している間にセオドアから聞いていたのだろう。
私は黒いスカートを穿きながらシンシアを盗み見た。左腕を右手でギュッと握るシンシアは申し訳なさそうにしている。別にシンシアが悪いわけじゃないのに。
「兵士を差し向けたのはシンシアじゃないでしょ」
「はい。けれど、あなたをここに連れ去ったのは私たちの国ですし」
「そうだけど。……優しいんだ、シンシア」
反射的にシンシアが私を見た。黒い瞳が揺れている。表情を崩さないけどきっとシンシアは優しい人だ。私は赤いジャケットに袖を通した。
サイズはピッタリだ。採寸もしていないのに用意できるシンシアはすごいな。
「そんなことはありません。逆にあなたはなぜ私たちを恨んでないのですか?」
「恨む?」
疑問符を浮かべた私にシンシアが信じられないと言いたげに目を丸くした。
「セオドア様から聞きました。あなたを捕らえるのに犠牲者を多く出したのだと。上からの命令だとはいえ、犠牲者を出した私たちのことを恨んでも仕方ないかと」
血まみれのサリーの姿を思い出して私は少しうつむいた。たしかにサリーを傷つけた兵士たちに向けたのは明確な殺意だった。
大切な親友を傷つけた人たちを許すつもりはないけれど、この国の人たちを恨むつもりはない。
「たしかに、親友を傷つけた人たちは許さないけど、シンシアやこの国の人たちを恨むつもりはないわよ」
「……」
しっかりとシンシアを見据えた私にシンシアがそらしていた視線を戻した。
「うん、気にしてくれるシンシアはやっぱり優しい。表情はほとんど変わらないけど。そういうところも含めて私の友だちにそっくり」
エリナーを思い出して私は小さく笑った。私を見ていたシンシアがきょとん、としている。遅れてシンシアの顔に赤みが差した。
「そ、そんなことはありません。着替えが終わったなら髪を乾かして出ますよ。ほら、早くここに座ってください」
耳まで赤く染めたシンシアが化粧台の前に座るように促すのに私は目元を緩めて従った。




