第151話 アンスロポスの領へ行く決意
セオドアが連れてきたアンスロポス側の兵士たちはまだ残っている。アランを始めとする王宮騎士団たちは城下町で魔獣と交戦中だ。
私は立ち上がって白衣のポケットに突っ込みながら鼻歌を歌っているセオドアを睨み付けた。
「あんたが町に魔獣を放ったの?」
鼻歌を止めてセオドアが私を見下ろす。丸眼鏡の奥で碧眼が細められた。
「正解~」
語尾を上げたセオドアがニッコリと笑う。
「魔獣の出現で王宮騎士団の大半が町に向かうのは狐型の人工魔石獣の時に確認済みだったからね」
狐型の人工魔石獣。ヘイエイのことだろうか。たしかヘイエイと戦う前にアランが王都で魔石獣の放った魔獣と交戦したと言っていたっけ。
あれもセオドアが主導者だったのか。
「僕が優秀だからってそんなに睨まないでほしいな。僕は自分の仕事を全うしただけだよ」
ポケットから棒付きの飴を取り出したセオドアが飴を私に向けて自分の口に含んだ。
「せっかくきみに渡した飴もサリーが処分しちゃうし」
「あ、んな……怪し、い、飴……」
そういえばセオドアからお近づきの印にと棒付きの飴を渡されてたな。今の今まで失くなっていたことすら気付いていなかったけど、サリーが処分していたのか。
「そうだよ。サリーの勘は正しい。あの飴は催眠剤入りだったからね。昨日のうちに食べてくれれば穏便に連れ出せたのに」
「……なんで私をそちらに連れていきたいの」
城下町に魔獣を放ったり、ヘイエイを生み出したり。そして、研究棟のみんなを襲ったり。そうまでして私をアンスロポス側の国へ連れていきたい理由が分からない。
軍事利用目的? それとも私のアフェレーシスやレウニール狙い? 私はセオドアの返答を待った。
「それはきみを僕たちの国に連れて行ったあとに説明するよ。時間稼ぎにも限界があるし、ね」
セオドアは飴を口に入れたまま背後を気にしている。彼が気にしている背後には城下町へと続く道。
魔獣を使った時間稼ぎも王宮騎士団たちの活躍によって終わりを告げようとしているのだろう。このまま粘ればアランたちが来てくれる。
でも、用意周到なセオドアのことだ策くらい二重、三重に用意していそうだ。その証拠にセオドアに焦りの色はない。
「魔獣を追加してもいいけど、制御するのが面倒くさいんだよね。石化で作った人工魔石だと命令が一つしかできないのが難点でさ」
肩をすくめたセオドアが飴をかみ砕いた。
「だから、魔獣を追加したらまずはここの研究員たちや王宮の人間を襲い始める。戦う術がない研究員たちは死んじゃうね」
「……追加されたくなかったら私に、私の意志でそちらの国に行くって言わせたいのね」
「そう! それで、どうするの? 早くしないとサリーは出血性ショックで死んじゃうし、他の怪我をした研究員たちも失血死しちゃうかもね」
この状況を引き起こしておいて何を言ってるんだ。私の服をサリーが掴んで強く引いた。
「行っ、た、ら……ダ、メ」
血が足りなくてほとんど手に力が入らないのにサリーは手を小刻みに震わせて私の服を掴んだまま引き止めようとする。
私はサリーの手に自分の手を重ねて優しく解いた。サリーが今にも泣き出しそうな顔をする。
「大丈夫。絶対に戻るから。サリーこそ私が戻るまで死なないでね」
務めて明るく言って私はサリーを地面に寝かせて立ち上がった。
「行く気になってくれて嬉しいよ、カレナ」
「……サリーたちの無事が条件よ。死なせたら絶対に許さない」
手を差し出してくるセオドアの手を私は無視する。残念そうにわざと肩をすくめたセオドアは案内するように研究棟の奥まで続く道に向かって歩き出した。
セオドアの後をついて行く私は一度だけサリーの方を振り向いた。
すみません。ストックはあと10話程度あるのですが、私生活が忙しいためここからは週2回の更新となります。ご了承ください。完結まで走りきりますのでお付き合い頂ければ幸いです。
次回からは月・木の更新になります。




