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第148話 凄惨なありさま

 反射的に研究棟のある方向を見ると、灰色の煙が上がっている。私は目を大きく見開いた。待って。今の音なに? 


 研究棟からだよね。あそこには師匠やサリーがいて、近くの王宮にはレティーシャやケイトがいる。不安が一気に私の胸に押し寄せてきた。


「っ!」


 研究棟に向かって駆けだそうとする私の腕をアランが掴んだ。


「待て、カレナ!」


「離してください! 研究棟にはサリーや師匠がいるんですよ!? 何かあったのかもしれないじゃないですか!」


 取り乱すなんて自分でもらしくないと思う。ただの事故でみんな無事かもしれないのに、突然の魔獣の発生と破壊音。


 今までにはない事態に私は焦燥感に駆られた。腕を掴むアランを見上げていた私の視界がにじむ。とっさに私は俯いた。


 セミロングの髪がちょうど私の顔をアランから隠す。泣かないように私は下唇をきつく噛んで涙を堪えた。それでも肩が震えているのはアランに見えているだろう。


 だけど、これが私の精一杯だった。


「……気持ちは分かるが、俺は君が心配なんだ。危険があると分かっている場所に易々君を向かわせたくない俺の気持ちも分かってくれ」


 アランの言いたいことは分かる。師匠の言っていた私を狙うアンスロポスの誰かの仕業の可能性だってある。切羽詰まった声のアランが私の腕を掴む手に力を込めた。


「アラン様」


 私の腕を掴むアランの手に自分の手を重ねると少しだけアランの力が緩んだ。


「心配してくださってありがとうございます。でも私は……」


 顔を上げた先、アランが困ったように眉を下げていた。


「俺が止めても君は行くんだろう?」


 私が頷くと、腕を掴んでいたアランの力が緩む。目を丸くした私にアランが諦めたように肩をすくめた。


「君を引き止めるだけの力が俺にはないのが悔しいな」


「アラン様……?」


「俺が君を心配していることを頭の片隅でいいから覚えていてほしい」


「はい」


 ヘイエイ戦のときに周りをかえりみず駆け出した私が怪我をして気を失ったせいで心配させてしまっていたことを思い出す。


 状況は少し違うけれど、アランにとっては私一人を向かわせることはヘイエイ戦の時と同じみたい。


 こちらを見つめるアランのヘーゼル色の瞳が心配そうに揺れている。


「アラン様、心配をさせてしまってすみません。少し様子を見てくるだけですので、みんなの無事を確認したら帰ってきます」


 私はアランの手を握って微笑んだ。


「俺の元に帰ってくるんだな?」


「はい。だってまだそこの魔獣について調べてないですし、アラン様の魔石も欲しいですから!」


 明るく言う私にアランがフッ、と吹き出して笑った。


「そうか、そうだったな。俺の魔石のためにも戻ってきてくれ」


 小さく笑うアランはまだなにか言いたげだったけれど、言葉を呑み込んで私の背中を押してくれる。


「行ってきます!」


 私はアランに背を向けて研究棟へ向かって走り出した。研究棟へ続く道すがら、魔獣と交戦している王宮騎士団たちとすれ違う。


 アランの部下たちが魔獣の情報を伝えたのだろう、魔力が使えるおかげで難なく魔獣を倒せている。ただ、数が多い。


 このまま魔獣との戦いが続けばいくら王宮騎士団とはいえ疲労が蓄積する。


「考えても仕方ないわよね。まずは研究棟で何が起こっているのか調べるのが先!」


 私は灰色の煙が上がり続ける研究棟へ急いだ。


「はあ、はあ、はあ……っ」


 息を整えた私が見たのは凄惨せいさんなありさまだった。


「なに、これ……」


 研究棟は崩れ、牙をむき出しにした魔獣がよだれを垂らしている。


 逃げ惑う研究員の姿はなく、近くにいるアンスロポスの軍服を着た兵士たちの持つ剣には血が付いていて、近くに倒れた人影が見えた。


 私は息を呑んだ。え? だってそこに横たわっているのは。


「サリー?」


 兵士たちのすぐそばに倒れているサリーは血だまりの上にいた。


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