第135話 待ち合わせ
もとから処刑される予定だったアルベールの存在は失踪と共に消されてしまい、伯爵家以上の階級それもほんの一握りの者しか知らない。
砂漠地帯の小国のため、近隣諸国との交流も少なかったことから存在を知っている人は少なかった。だからアランも知らなかったのか。
「皆の記憶からもアルベール様に関する記憶は薄れておりますわ」
「それでもレティーシャは覚えているのね」
きょとんとしていたレティーシャは眉を下げながら笑う。
「忘れられてしまうのは寂しいですから。……アルベール様のお母様は最後までアルベール様のことを想っていたそうなんです」
最後まで想っていたということはアルベールの母親はもう亡くなっているのか。私の表情で察したのか、レティーシャが小さく微笑んで頷いた。
「もういらっしゃいません。だからこそアルベール様のことを誰かが覚えていないと、戻られた時に孤独になってしまいます」
「そっか。なんで私に話してくれたの?」
私が聞いたからというのもあるんだろうけど、秘匿されるべきことなら話すことにリスクを負うのはレティーシャだ。
それなのにレティーシャは話してくれた。私の問いにレティーシャは私を真っ直ぐ見据える。
「カレナ様だからというのもありますが、カレナ様ならアルベール様も救ってくださると思ったからですわ」
「なによそれ」
苦笑する私にレティーシャは首を緩く左右に振る。
「私を救ってくださったカレナ様ですもの。きっとこの先、どこかでアルベール様と出会って意図せず救ってしまうんです」
ふふ、と笑うレティーシャに化粧道具を持ったままのケイトが声をかけた。
「レティーシャ様、そろそろ続きをしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。ごめんなさい。どうぞ」
ケイトが「失礼します」と一言おいて化粧を再開する。
「薄く紅を引いて、化粧はこれで良いでしょう。あとはヘアメイクですが」
「冠は断られてしまいましたわ」
「カレナ様、後ろ失礼します」
私の返答を待つ前にケイトが私の背後に移動する。私のセミロングの髪をブラシで梳かしたケイトがいくつか髪を束ねた。
束をねじられている感覚がする。何をしているのか分からないまま身を任せていると、ケイトが手を離した。
「終わりました」
「まあ! ハーフアップも似合いますわ」
ハーフアップ? 私は手を後ろに添えて自分の髪に触れた。どうなっているか分からない私に気を利かせたケイトが手鏡を二つ持ってきて見せる。
おぉ! いつもと髪型が違う。
「冠は無理でも、ここに髪飾りを挿せばいかがでしょうか?」
「どれがいいかしら?」
ケイトの提案にレティーシャが楽しそうに小箱から髪飾りを探している。手にしたのは葉をモチーフにした銀色の髪飾り。
施された緑色の宝石がアクセントになっている。
レティーシャから受け取ったケイトが私の髪にそれを挿した。
「カレナ様、可愛いですわ。アラン様がもう一度惚れ直してしまいますわね」
「な、なにを言っているのよ」
服装や髪型が変わったくらいでアランが惚れ直すわけないじゃない! 熱の集中した顔を見られたくなくて私は顔をそらした。
うぅ、顔が熱い。私の反応を見ていたレティーシャとケイトが笑う気配を感じながら私は気恥ずかしさに耐えていた。
身支度を整え終えた私はケイトに案内されて王宮を出た。ここからはアランとの待ち合わせ場所まで一人で行ける。
ケイトにお礼を言って私は王宮の門をくぐった。坂道を下りて進んでいくと、すれ違う人たちがこちらを振り返る。
こちら側に何かあるのだろうかと周囲を見渡すけれど何もない。疑問符を浮かべながら坂道を下っていると目的地である大きなアーチ状の門が見えてきた。
まだアランは来ていない。私はそっと息をついて門の下に立った。
爽やかな風が吹いて私の髪を揺らし、ブリオーの裾が小さくなびく。私は鞄を手にしたまま風に揺らされている木を見つめていた。
アランが来ると分かってはいても、緊張する。普段と違う私を見て何を思うだろう、ちゃんと来てくれるだろうか。
鼓動が速くなるのを深呼吸して落ち着けていると、聞き慣れた声がした。
「カレナ!」
間違いなくアランのもので、私はアランの方へと顔を向けた。




