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第134話 王子アルベール・ラギエ

 裾の調整が終わって私は細帯を腰に巻いた。長い金色の紐は幾重にも巻いて結び目を前に垂らす。


 着慣れない格好に気恥ずかしさが込み上げている私の目の前ではレティーシャとケイトが満足そうにしている。


「カレナ様お似合いですわ。これならアラン様もお喜びになります」


「化粧も少ししましょう。こちらへ」


 ケイトに椅子へ座るように誘導された私の背中をレティーシャが押す。


「ちょ、ちょっとレティーシャ?」


「ケイトはとても腕が良いので安心して身を任せてください。カレナ様の髪はオリーブブラウン色の髪なので本来なら金色の冠など似合うと思うのですが」


 椅子に座った私にレティーシャが金色の冠を手にして返事をうかがうように見つめてくる。そんな可愛い顔で見つめられても。


「い、いや~さすがに冠はちょっと」


「そうですか……」


 苦笑交じりに断る私にレティーシャは冠を手にしたまま眉を下げる。あからさまに気を落としているレティーシャに私の気持ちが揺らぎそうになる。


「カレナ様、動かないでください」


「はい」


 ケイトに注意された私は顔を正面に固定された。動けない私に諦められないレティーシャが手にしていた金色の冠をそっと私の頭に乗せた。


 両手を合わせているレティーシャの瞳が輝いている。


「とてもお似合いですので残念ですわ」


「そんな顔しても着けないからね」


 ダメ押しする私にレティーシャは頬を膨らませて私の頭から冠を取った。すねている顔は年相応の少女のようで、レティーシャの素をようやく見られた気がする。


 そうだ。レティーシャに聞きたいことがあったんだった。


「ねえ、レティーシャ」


「はい」


 ケイトが私の頬に白粉おしろいを乗せて薄く伸ばしている間に私はレティーシャに声をかけた。


「記録を抹消された王子の話を聞いたことある?」


「っ! それをどこで?」


 息を呑んだレティーシャの反応からおそらくレティーシャは何かしら事情を知っているのだろう。聞ければいいんだけど。


「ヘイエイの件でいろいろ調べている課程で行きついたの。石化の魔力を持つ王子がいたってことは分かるけど、名前も年も分からないのよ」


 レティーシャは言葉を選ぶように口を開きかけては閉じるを繰り返して、意を決したように口を開いた。


「カレナ様だからお教えしますが、決して他言しないようにお願いします」


「分かった」


 レティーシャは声量を落として話し始めた。


「石化の魔力を持って生まれた王子の名はアルベール・ラギエ様。覚醒してからというもの、力の制御ができず見るものすべてを石化してしまうことから地下牢に閉じ込められた方ですわ」


「地下牢に?」


 アルベール・ラギエ。西にある砂漠地帯にある小国の王子で、歳は十八。銀髪の髪に褐色の肌。石化の魔力を使う瞳は深紅らしい。


 レティーシャは幼い頃に一度だけ王国に招待されアルベールと面識があったが、当時はまだ魔力を扱えていなかった。


 そのあとすぐにアルベールは石化の魔力に目覚めてしまった。


「制御できないアルベール様を地下牢に監禁した王様は秘密裏にアルベール様を処刑しようと考えておりました」


「魔力を制御できないだけで? 方法なんていくらでもあったでしょ!?」


 立ち上がりかけた私にケイトが座るように目で訴える。大人しく座り直した私にレティーシャは悲しそうに眉を下げて続けた。


「アルベール様が見るものすべてを石化してしまう力は王様からすれば恐怖でしかなかったのです。アルベール様は処刑に関して受け入れていたと聞いておりますわ」


「そんな……」


 言葉を失う私にレティーシャは視線を落とした。


「ですが、処刑当日になって地下牢に行くとアルベール様の姿はありませんでした。残っていたのは石化された警備兵のみだったそうですわ」


 以降、失踪したアルベールの行方は見つからず王の命令でアルベールに関する記録はすべて抹消されてしまった。


 アルベールのことを知っているのは伯爵家以上の階級の一部の者だけらしい。


「たしかに存在していたのに、元からいないことにされてしまったのがアルベール様ですわ。……何も悪いことはなさっておりませんのに」


 レティーシャの声が寂しそうに静まり返った部屋に響いた。

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