第133話 レティーシャの用意したデート服
研究棟前で私はサリーと別れた。一度振り向くとサリーが手を振っている。こういうところはサリーらしいな。私は手を大きくサリーに振り返して王宮内へ入った。
「カレナ様お待ちしておりました」
灰色と赤みの強い茶色の髪のメイドが一礼する。彼女はレティーシャ付きのメイドのケイト。おそらくレティーシャに言われて私を迎えに来たのだろう。
「おはようケイト。迎えに来てくれたの?」
「はい。レティーシャ様の命ですので。ご案内いたします。こちらへどうぞ」
ケイトを見ているとエリナーを思い出す。私は前を歩くケイトを見て小さく笑った。
大理石の床はよく清掃が行き届いていて、窓から差し込む光を浴びて輝いて見える。まあ、魔石には劣るけど。
朝早くから働いている使用人たちとすれ違いながら私は長い廊下を歩き、何階分か階段を上がった先でケイトが止まった。私も足を止めて扉を見上げた。
サリーの寮の扉の倍はありそうな大きな木製の扉を開けると、レティーシャが窓際の椅子に腰かけていた。
水色のウェーブがかった長い髪が朝陽を浴びてキラキラと輝いている。
「レティーシャ様、カレナ様をお連れしました」
ケイトの声に反応したレティーシャがこちらを見た。ティールブルー色の瞳が私を捕えてレティーシャが愛らしく笑う。
「カレナ様、お待ちしておりました」
立ち上がったレティーシャがドレスの端を掴んで優雅に一礼する。さすが伯爵令嬢だけあって所作が美しい。
アリスの所作も美しいから幼い頃から教え込まれてしみついたものなのだろう。私じゃこうはいかない。
「さあ、こちらへどうぞ」
レティーシャに案内されて中へ通される。王宮内だけあって、レティーシャの部屋はウォード家の私の部屋よりも広い。
天蓋付きの大きめのベッドがあり、部屋の中央寄りにガラステーブルを革張りのソファーが挟んでいる。
レティーシャの座っていた窓際の席にも丸テーブルと椅子が設置してあり、テーブルには紅茶が用意されていたのか、ティーカップが置かれていた。
天蓋付きのベッドの上にはすでに何着も服が並べられている。胸元に金色の装飾が施されたブリオーを見て私は値段を考えてしまう。
「本当は豪華なドレスをと思ったのですけれど、城下町でのデートですもの。あまり目立たない服装を選ばせていただきましたわ」
ドレスはさすがに目立つし、勘弁だけど。このブリオーの生地からしても値が張りそうで目立つと思うんだよなぁ。
レティーシャを盗み見ると、紺色のブリオーを手にして笑っている。そんな楽しそうな顔を見せられたら何も言えないじゃない。
「カレナ様、これを着てみてください。あ、気になる色があれば遠慮なくおっしゃってくださいね」
「う、うん。ありがとう」
私は紺色のブリオーを受け取った。
「中にはこちらを」
ケイトが白麻製の下着を手渡してくる。袖口や衿元にも金色の装飾が施されていてきれいだ。
「ちゃんと後ろを向いておりますから、着替え終わったら教えてください」
レティーシャが背を向けた。手伝いは必要かと言いたげに見てくるケイトに私は首を左右に振ると、ケイトも背を向ける。
私は手渡された服に袖を通した。白麻製の下着の上から紺色のブリオーを着る。ゆったりとしたシルエットはひだの美しさを活かした造りになっている。
くるぶしまである裙のおかげで太ももに仕込んである対魔石獣用の銃が隠れていい。
「き、着てみたけど」
二人に声をかけると、同時にこちらへ振り返る。すぐにレティーシャのティールブルー色の瞳が輝いた。
「まあ! カレナ様よくお似合いですわ」
「少し裾が長いですね。調整しますので動かないでください」
ケイトが針と糸を手にして身を屈めた。裾の長さをケイトが調整している間にレティーシャが細帯を手にして近づいてくる。
「こちらを腰に巻いてください」
手渡された細帯は黄金色の打ち紐や飾り彫で装飾されていて、装飾には宝石が埋め込まれている。うん、いったいいくらするんだろう!
「魔石でなくて申し訳ありません。こちらがご用意できる帯には魔石はありませんでした」
細帯を見つめて固まっていた私を魔石じゃなくて残念そうにしていると解釈したレティーシャが眉を下げた。
「ち、違うわよ!? レティーシャが用意してくれたこの服の値段を考えていたの。私の手持ちで払えるかどうか……」
頬を掻きながら視線をそらす私をレティーシャが不思議そうに見てくる。う、視線が痛い。
「お値段は申し上げられませんが、お支払いのことはお気になさらず。私からカレナ様への贈り物として受け取ってくださいな」
レティーシャが満面の笑みを向けてきた。ま、眩しい!




