第132話 記録を抹消された王子
失踪していると聞いて私は落胆してベッドに腰を落とした。待って。石化の魔力を持った人が存在していた?
その人は失踪していて、アンスロポスの医師を名乗る人物が処方している薬は私たちの推測では石化の魔力で石化した物を砕いている。
つまり、失踪した人がアンスロポスの領地にいる?
「その失踪した王子がまだ生きていて、アンスロポスの領地にいるならその力を利用されている可能性あるわよね?」
「そうね。さらわれたのか、あるいは自分の意志で向こうの領地へ行ったのかは不明だけど」
「その王子こと詳しく知りたいんだけど」
どこの国の王子なのか、土地特有の魔力なのか知りたい。名前や歳が分かれば、とサリーに聞いてみたけどサリーは首を横に振る。
「残念だけど、その王子のことはそれ以上分からないの」
「どういうこと?」
資料とか残っていないってこと?
「王子に関する資料はすべて抹消されているの」
「抹消ってどういうこと?」
抹消とは穏やかではない。存在がなかったことにされているってことよね。もしかして石化の魔力を持って生まれたから? サリーが肩をすくめた。
「さあね。名前も、年齢もぜんぶ消されていて分からないの。もしかしたら、王子と連なる貴族たちなら知っている人がいるかもしれないけど」
「貴族……。でも、少なくともアラン様は知らないと思う」
「そう。ルーシー様にも伝えてはいるけど、これ以上調べる術はないみたいね」
せめて王子の名前だけでも知りたかった。他に貴族の知り合いはネヴィル公か、レティーシャしかいない。二人に聞いてみる価値はあるか。
明日レティーシャに会う予定あるし。
「さ、そろそろ寝るわよ。明日はいよいよアラン様とのデートなんだから寝不足の顔晒すわけにはいかないでしょ」
「そうだけど、デートって言われるとくすぐったいんだけど」
「なに、照れてんの?」
からかい混じりに言うサリーに私はジト目を向けた。照れてるわけじゃないけど、アランとデートするって実感がない。
二人で城下町を歩くだけのはずなのに、妙に緊張するのはなぜか。
「照れてはいないけど、デートって実際なにするのか分からないからどういう反応していいのか分からないだけよ」
サリーがニヤケ顔を向けてくる。だからやめろ、その顔! 両腕を組んで一人でサリーが頷く。
「そっかぁ~。初デートだものね。デートがどういうものかは明日実際にアラン様とデートして確かめなさい」
偉そうに言ったサリーに反論の言葉を持ち合わせなかった私は黙るしかなくて、ぐぬぬと悔しがるだけしかできなかった。
翌朝、食堂に立ち寄るとモーリスさんが朝食を用意してくれていた。焼いた食パンにベーコン、薄く味付けをされたスクランブルエッグが皿に乗せられている。
小さな小皿にサラダが添えてあって、一緒にコーヒーの入ったカップを受け取った。
「モーリスさん、お世話になりました。朝食美味しかったです」
食事を終えて皿を返した私にモーリスさんはしわを深めて微笑んだ。
「それはよかった。また遊びにいらしてくださいね」
サリーの部屋に戻った私は身支度を整えた。鞄を漁り中から小箱を取り出すとサリーの方を振り向いた。
「サリー」
「ん~、なに?」
着替えを終えたサリーが返事をする。私は小箱を手にサリーに近づいてそれを差し出した。目の前に差し出された小箱を見てサリーが目をしばたたかせる。
「なに、これ」
受け取ったサリーが私と小箱を交互に見て首を傾ける。
「いいから開けてみて」
促すとサリーが箱を開けた。中には一つのネックレスが入っている。
「これは……魔石で作ったネックレス? でも、この魔石の色って」
鮮やかなレモンイエロー色の魔石はアリスの魔石の色。気付いたサリーがネックレスを手にしたまま私を凝視する。
「そう! アリスの魔石で作ったネックレスよ。これはお守りといつも手伝ってくれるお礼、かな?」
途中から照れくさくなって疑問形になってしまう。ネックレスを見つめていたサリーは小さく笑うとさっそく身につけた。
「そうね~、誰かさんは世話が焼けるから。もらってあげるわ」
「否定しないところがサリーよね」
サリーの首から下がるレモンイエロー色の魔石が朝日を浴びてキラキラと輝くのを見て私は満足する。うん、渡せて良かった。
「あんたはこれからレティーシャ様のところに行くんでしょ。私はこのまま研究棟に行くから途中まで一緒に行くわよ」
「うん!」
私たちは寮を後にした。




