第129話 サリーの寮に泊まることになった
レティーシャと別れた私はバラのアーチをくぐって中庭を目指した。
サリーは待っていると言っていたけど、レティーシャのところでけっこう時間を使ってしまった。中庭はかすかに夕陽に染まっている。
噴水の縁にサリーが腰かけて本を読んでいた。私が声をかける前に足音に気付いたサリーが顔を上げる。
「ごめん。待たせた」
「ほんと、ずいぶんと待ったわよ。レティーシャ様と話しでも弾んだ?」
「うん。あ、見て! レティーシャの魔石!」
本を閉じたサリーがこちらに歩み寄ってくる。私はポケットに手を入れてレティーシャから得られた洗朱色の魔石をサリーに得意げに見せた。
むふー、と満足げに魔石を掴んでいる私にサリーが呆れたような視線を向ける。
「あんたって子は何をどうしたら謝罪がしたいって言ってたレティーシャ様と会って魔石を得る流れになるのよ」
「う~ん、話してたらレティーシャが魔力暴走を起こしかかってて、アフェレーシスしたから?」
「魔力暴走ねぇ」
洗朱色の魔石をジッと見つめるサリーもやっぱり研究者だ。目で見て得られる情報を集めようとしている。
「ところで、レティーシャ様のこと敬称なしで呼んでるけど何があったのよ」
観察を終えたサリーが問う。伯爵令嬢と話をしに行った私がいきなりレティーシャ呼びしたらそりゃあ、サリーも驚くわよね。
「友達になったの」
「友達?」
「そう、友達」
疑問符を浮かべるサリーに私は頷いた。しばらく沈黙していたサリーがため息をつきながら額を押さえる。
「あんた今度はレティーシャ様を誑し込んだのね?」
「し、失礼だな~! 私は誑し込んでないよ。ただ、レティーシャとも友達になりたかっただけ!」
額を押さえていたサリーがもの言いたげに私を見る。な、何よその目は!
「あんたのことだから、知らず知らずのうちにレティーシャ様を救ったのね。無自覚に人を救うのもいいけど、ほどほどにしないとアラン様にライバルが増える一方よ?」
「それレティーシャにも言われたんだけど、なんでアラン様のライバルが増えることになるわけ?」
眉を寄せて疑問符を浮かべる私にサリーがわざとらしく肩をすくめた。
「もう手遅れだったのね。アラン様が苦労する姿が容易に想像できるわ」
「どういう意味よ! ねえ、教えてってば!」
サリーの両肩を掴んで私は揺らす。身体を揺すられながらもサリーは言うつもりがないのか黙秘を続けた。
オレンジ色が濃くなり、辺りが暗くなってきて私たちは中庭から王宮内へと移動した。
「そういえば、あんたは今日どこに泊まるの?」
廊下を歩きながらサリーが問う。
「ん? 城下町の宿屋に泊まろうと思ってるけど? どうかしたの?」
「……」
立ち止まったサリーが信じられないと言いたげな顔を向けてくる。なんだその顔は。
「ウソでしょ」
「なんでウソつく必要があるのよ」
昔は野宿してたし、雨風をしのげる場所であればどこでも眠れるから城下町の宿屋で充分なんだけど。
「あんたルーシー様との会話忘れたの? アフェレーシスができるあんたのことを探している人がいるかもしれないんでしょ」
そうだった。本当にいる可能性は五分五分なんだけど、アフェレーシスができる私を探している人の存在は否定できない。
でも、だからといって王都にいるなんてことないと思うけど。
「一人で宿屋は危険よ」
「でも、泊まるあてないし」
王都に知り合いはほとんどいない。一人城下町に友人はいるけれど、気軽に泊めてとは言えない。眉を寄せている私にサリーが困ったように眉を下げた。
「私の寮、二人部屋だけど空いているのよね」
「うん?」
「だから、一晩私の部屋を貸すって言ってるの!」
サリーの提案に私は目をしばたたかせた。
「え? いいの、そんなことして」
「あんたを一人で宿に泊まらせるわけにはいかないでしょ。上には上手く言っておくから」
たまにサリーは姉のように見える時がある。姉、いたことないんだけど。いたらこういう感じなのかな。
「うん。ありがとうサリー」
私はサリーの好意に甘えることにした。