第128話 これくらいでお役に立てるのなら
すっかり冷めてしまった紅茶をケイトが淹れ直している間、私たちは向かい合わせに座り雑談していた。
「そういえば、カレナ様は明日アラン様とデートをされるのだとお聞きしましたわ」
「なんで知ってるの!?」
サンドイッチを口に入れかけていた私は思わず皿にサンドイッチを戻して勢いよくレティーシャを見る。きょとんとしているレティーシャが首を傾けた。
「一部の者たちの間で噂になっておりますの」
「う~わ~さ~?」
眉間にしわを寄せている私にレティーシャが頷く。
「城内の者たちは噂好きの者が多いですから。それに、アラン様が最近ずっと上機嫌なのでカレナ様が絡んでいることはお二人の関係を知っている者であればある程度察しがつきますわ」
アランー! 私は内心アランの名を大声で叫んだ。確かにデートの約束をしてから嬉しそうにしていたけど!
それにしたって周囲にバレるほどってどうなの!? 冷酷な雰囲気はどこへいったのよ!
「ふふっ、カレナ様は本当にアラン様に慕われているのですね。今ならアラン様のお気持ちがよく分かりますわ」
「分かるの!?」
アランの気持ちが? 目を丸くしているとレティーシャが口元を隠して笑う。
「ええ。アラン様も大変ですわね」
「どこらへんが?」
疑問符を浮かべている私を余所にケイトが淹れ直した紅茶をレティーシャが飲んでそっと一息つく。
「カレナ様のお人柄を知ると、もれなくみなさん私を含めてカレナ様のことをお慕いしますもの。ライバルが増えて苦労するのはアラン様ですわ」
ふふっ、とレティーシャが笑みを浮かべる。ますます言っている意味が分からなくて私は疑問符を浮かべた。
まあいいや。考えても分からないし。私は考えることを放棄してサンドイッチに手を伸ばした。
「アラン様とのデートにはどのようなお召し物を?」
興味があるのか、レティーシャが前のめりで聞いてくる。
「ん? この制服だけど?」
私はもう一つのサンドイッチに手を伸ばしながら当然のように答えた。もちろん今着ている制服ではなく、もう一着の綺麗な方だけど。
ミドル丈のプリーツスカートに黒リボンのついた白のブラウス。その上から赤いベストとショート丈のマントを羽織る予定だ。
得意げな顔をしていると、レティーシャが目を丸くしてケイトと顔を合わせる。
「あの、カレナ様。さすがにデートに制服はいかがなものかと……」
「言いたいことは分かるわ。アリスたちにもさんざん言われたもの。事前にデート用の服を買うはずだったんだけど、買えなかったの」
「そう、なんですね」
サンドイッチを食べていると、レティーシャが少し考える仕草をしてケイトへ耳打ちする。どうしたのだろう、と思いながら私はティーカップに口を付けた。
おっ、ウォード家のみんなが淹れる紅茶に負けないくらい美味しい。耳打ちされたケイトが一礼して去って行く。
「カレナ様」
「なに?」
レティーシャが私を真っ直ぐ見据えた。真剣な顔をしている。
「明日の朝、アラン様とのデート前にもう一度こちらへいらしてください。カレナ様に似合う服をご用意しておきますわ」
「はえ?」
レティーシャの言っていることが理解できず私は間の抜けた声を上げる。
「そうと決まれば、カレナ様の制服のサイズを教えていただけますか?」
「いや、あの、そこまでしなくても大丈夫よ?」
頬を引きつらせる私とは対照的にレティーシャが楽しそうに満面の笑みを向けてくる。
「サイズ、教えてくださいませ」
うっ、これが貴族の圧力か。有無を言わせない圧力に私は苦笑しながら今着ている制服のサイズをレティーシャへと教えた。
「ふふっ、カレナ様に似合う服を選ぶのが楽しみですわ」
「なんでそこまでするの?」
私の問いにレティーシャはスコーンを皿に移しながら小さく微笑んだ。
「カレナ様に救っていただきましたから、そのお返しがしたいからですわ。私にできることは限られておりますので、これくらいでお役に立てるのなら」
たいしたことはしていないのに?
「カレナ様にとってはたいしたことではなくとも、私にとっては救いだったのです」
私の意図を汲んだのか、レティーシャが答えた。くすぐったい。私はどう返していいのか分からずレティーシャから視線をそらして人差し指で頬を掻いた。




