第127話 最初の魔力をあなたへ
割れなかったティーカップを拾い上げたレティーシャがそっとソーサーへカップを置いて私を見る。
「これが私の加護の力?」
「そう! レティーシャの魔力よ」
力強く頷くとレティーシャの瞳が揺れる。潤んでいく瞳から涙がこぼれる寸前でレティーシャはうつむいた。
小刻みに肩を震わせるレティーシャの顔はウェーブがかった水色の髪で隠れているけれど、透明な雫がテーブルにいくつも落ちていく。
「レティーシャ?」
声をかけるも、レティーシャは言葉に詰まっているのか首を左右に振るばかり。どうして泣いているのか分からず助けを求めるようにメイドへ視線を送った。
「お嬢様、私が代わりにお伝えしてもよろしいでしょうか?」
メイドの提案にレティーシャが小さくうなずく。それを受け取ったメイドが私に向き直った。
「カレナ様、僭越ながら私、ケイトがお嬢様に代わりお話いたします」
ケイトと名乗るメイドは肩甲骨まで届く灰色と赤みの強い髪に、インディゴのような色の青い瞳の少女で、エリナーと雰囲気が少しだけ似ている。
「さきほどお嬢様がお話したように、お嬢様は昔からご自分の魔力の力を知りませんでした。役に立たない魔力をお持ちであることをいつも気にされておりました」
ケイトが言うにはレティーシャは気丈に振舞ってはいても、役に立たない魔力は家名に泥を塗るのだとこぼしていた。
レティーシャは決して家族に涙は見せず、一人部屋で泣いていたのだという。
「カレナ様が初めてお嬢様の魔力を褒めてくださったことが嬉しくて泣いているのですよ」
淡々と話していたケイトが柔らかく微笑んだ。薄っすらと瞳が濡れていて、ずっとレティーシャを傍で見ていたケイトだからこそ心配していたのだろう。
私はうつむいているレティーシャの片手を取って握った。
「レティーシャの加護の魔力はとても貴重で尊いものなの。どんなに周りがひどいことを言っても私はレティーシャの味方よ」
息を呑んだレティーシャが顔を上げる。涙に濡れた顔で私を見つめるレティーシャがもう片方の手で私の手を包んでぎゅっと祈るように握る。
「…、っ……」
嗚咽混じりに声にならない声を上げていたレティーシャが途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「あ、りが……と、う……カレ、ナさ、ま…っ」
ああ、もう! 涙に濡れた顔で微笑むレティーシャを私は抱きしめた。私と似た身長のレティーシャは私の肩口に顔を埋める。
泣いている幼い子どもをあやすように私は優しくレティーシャの背中を叩いた。視線の先でケイトが涙ぐんでいる。
たぶんずっと家族にも明かさずに不安を抱えていたのだろう。
「レティーシャ、今までよく耐えたわね」
おずおずと私の背に回されたレティーシャの手がすがるようにキュッと服を掴む。私はレティーシャが泣き止むまで背中をゆっくりと擦った。
泣き止んだレティーシャが私の背中から手を離して顔を上げる。目は腫れてはいるけれど、レティーシャが恥じらいを含んだ顔で小さく笑った。
つられて私も小さく笑い返すとレティーシャが私の名を呼んだ。
「カレナ様」
「ん?」
もう一度私の手をレティーシャが取る。どうしたのだろうか、と相手を見ているとレティーシャが祈るように私の手を包んでティールブルーの瞳を閉じた。
少ししてレティーシャが手を離して微笑んだ。
「今、カレナ様に私の加護の魔力を与えました」
「私に? なんで?」
疑問が口をついて出る。
「カレナ様は行動力がありますから、これから先お怪我をしないように。私の力では不足かもしれませんが、少しでもお役に立てればと」
穏やかな風がレティーシャの髪を揺らす。その髪を耳にかけながらレティーシャは今日一番の笑顔を私へと向けた。
「私の最初の魔力はあなたへ捧げます。どうか、この力がカレナ様をお守りくださいますよう」




