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第120話 噴水の向こう側から聞こえる声

 私がアフェレーシスをするたびに薬を処方している怪しいやつに捕捉される、か。


 少なくとも学園リメリパテを出てから私はカヤ様、騎士団本部、アルトト村でアフェレーシスをしてきた。


 各地域はそれぞれ距離がある。アンスロポス側の医師がランダムに薬を処方しているのか、私に当たりを付けて行動範囲を操作しているのか。


「まあ、あくまで警告だ。まだこちらも薬を処方しているやつの尻尾を掴めていないからね」


「薬を服用して意図的に魔力暴走を起こされたウェネーフィカがいればその陰にアフェレーシス狙いの誰かがいると思えってことでしょ」


 師匠が組んでいた脚を下ろして立ち上がる。


「そうだ。以上で報告と警告は終わりだ。私は引き続き研究に戻る」


 ドアを開けて部屋を出て行こうとした師匠は「あ」と何かを思い出したかのように声を上げた。私とサリーが首を傾ける。


「そうそう、レティーシャ・マリー嬢がおまえに用があるそうだよ」


「レティーシャ・マリー嬢?」


 ヘイエイを私とアランの婚約披露パーティーに連れて来てくれたレティーシャ・マリー? 


 水色のウェーブのかかった長い髪に豊満な胸のレティーシャはたしか、アランに好意を抱いていたのよね。


 私とアランの婚約に嫉妬したレティーシャが私に恥をかかせようと目論んでいたところで何者かからヘイエイを譲り受けた。


 だけど、予想外の凶暴さと、大きさになったヘイエイに恐怖と驚愕を抱いたレティーシャはみんなが逃げる会場で一人立ち尽くしていたのを覚えている。


 そんなレティーシャが私に何の用があるんだろうか。


「アラン様との婚約に異を唱えたいとか?」


「なんでそうなるのよ。普通はあんたたちの婚約披露パーティーに水を差したことの謝罪と考えるでしょ?」


 私に呆れ顔のサリーがすかさず指摘する。


「なんで謝罪するの? レティーシャ様は私とヘイエイを会わせてくれたのに?」


 疑問符を浮かべている私にサリーと師匠が顔を見合わせてこちらを見た。


「ウソだろ!? こいつ本気で言ってる?」と顔に書いてある。


「だ、だって! 魔石獣の幼体に出会う機会少ないし、懐かれることなんてないもの! レティーシャ様が贈ってくれたからヘイエイと今があるのよ!」


 力説している私にサリーが額を抑えている。少しして師匠が吹き出して笑いだした。珍しく大口を開けて笑う師匠は腹を抱えていた。そこまで笑う必要ある!?


「あっははは! はぁー、ほんとおまえは私の弟子でおもしろい娘だよ。その言葉をレティーシャ嬢へ伝えてあげな」


 目尻に溜まった涙を人差し指で拭いながら師匠は言う。言われなくても、レティーシャに会ったらまずお礼を言おうと決めていた。


 ヘイエイをプレゼントしてくれてありがとうって。


「もちろん、そのつもりよ!」


「いや、謝罪するつもりの相手にいきなりお礼は驚くでしょ」


 両手を腰に当てて胸を張る私にサリーが苦笑する。


「レティーシャ嬢は王宮の離れにあるバラ園で待っている。私の用事は終わったからさっさと行きな」


 師匠はそう言って部屋を出て行った。残された私はサリーに案内してもらってバラ園へと向かう。


 研究棟から出て一度王宮内に入る際、聞き慣れたそれでいて、久しく聞いていなかった声が耳に届いた。


 緑豊かな広場、噴水を挟んだ反対側から男性たちの力強い声と、それに混じって金属音がぶつかる音が聞こえる。


 足を止めた私に気付いてサリーが足を止めた。


「カレナ? ああ。ちょうど広場でアラン様たちが訓練中みたいね。ふ~ん、やっぱりアラン様のことが気になるんじゃない」


 ニヤケ顔でサリーが私を肘で軽く突っつく。


「ち、違う! そんなんじゃないわよ! ちょっと声が聞こえてきたから気になっただけ」


 サリーの肘を避けながら否定していてもアランの声が聞こえてきて気になったのは事実。私は頬に集中した熱をサリーに見られないように早足で王宮内へ入った。

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