第116話 研究員セオドア
城門前でサリーが門番たちと会話をしている。それを眺めていた私は城壁を見上げていた。
首が痛くなるくらい高くそびえる城から視線を外して城門から見える中庭を見る。緑が生い茂り、色とりどりの花が咲いていた。
庭には使用人たちが水まきをしたり庭仕事をしている。
「カレナ、手続き終わったから行くわよ」
「ん。分かった」
サリーに案内されて私は門をくぐった。正面の城の扉からは入らず、中庭を通って見えてくるのは別棟。
城と言っても、広大な敷地内には師匠のいる魔石研究所、近衛兵たちの訓練所、図書館など施設が併設されている。
アランもここで仕事をしているとは言っていたけど、実際どんな仕事をしているのかは知らない。
「アラン様を探しているならここにはいないわよ」
「違うわよ!」
「え~。だってキョロキョロしていたじゃない」
サリーの指摘に私は即否定する。
「いろんな施設があるんだなって思ってただけよ」
「まあ、ここはそうね。ちなみに、アラン様が働いてるところは城を挟んで反対側よ。今の時間なら訓練中じゃない?」
「なんでそんなに詳しいのよ」
私と同じで研究にしか興味がないサリーがアランたちの情報を知っていることが意外だった。思わずサリーをまじまじと見つめる。
「なによその目は。私がアラン様たちに興味があると思ってるの? 研究所に通う時にいろんな人たちのうわさ話が聞こえてくるってだけよ」
「うわさ話?」
疑問符を浮かべる私にサリーはため息をつく。
「そうよ。あんたは知らないだろうけど、アラン様は婚約の話があっても変わらず女性陣に人気なのよ」
「そ、そうなんだ」
エリナーたちが言っていたのを思い出す。アラン狙いの女性は多い。ヘイエイを連れ込んだレティーシャ・マリーもアランのことが好きだったんだっけ。
「アラン様ってあんたと婚約するまでは冷酷と呼ばれるくらい人に冷めてる方だったのよ。婚約後は雰囲気が柔らかくなったってさらに人気が上がってね~」
サリーがちらりと私の方を見てくる。なんでニヤケ顔なのよ。
「人気って上がるものなの?」
純粋な疑問を口にすると、サリーは意外そうに目を丸くした。
「え、気になるの? あんたが?」
「こう、クールっぽい雰囲気が人気だったんんじゃないの? なんで雰囲気が柔らかくなってさらに人気なるのかがちょっとよくわからないってだけ」
別にアランが女性に人気だろうとそんなに気にならない、と思うのになんでか少し胸がざわついた。
つい、すねたような口調になってしまったけれど、サリーには気付かれていないはず。……いや、気付いてるな。ニヨニヨしてる。
「そっかそっか~。ふ~ん。可愛いところもあるじゃない。安心しなさい。アラン様はどんなに女性陣が言い寄っても振り向かないから」
「違っ、そんなんじゃ」
慌てて否定しても、内心なぜか安堵している自分がいる。でも、そっか。アランはどんなに女性が言い寄ってもなびかないんだ。
自然と口元が緩んでしまう。
そんな私を見ていたサリーが柔らかく微笑んだ。サリーがふいに見せる柔らかい笑みに私は何も言えなくなってふてくされたように研究所までの道のりを歩いた。
たどり着いた研究所の外観は白で統一されていて、窓はすべて閉められてる。扉から出てきた研究者らしき人は白い白衣を着たままで、こちらに向かって歩いてくる。
「あれ? サリーじゃん。どこに行ってたの? あれ、その人って」
近付いてくる研究者はハニーブラウン色の短髪の青年で、大きな丸眼鏡の奥に碧眼が見える。
サリーに声をかけた青年はサリーの隣にいた私に気づいて興味深そうな視線を向けてきた。あ、この目は研究者特有の興味を惹かれた時に見せる目だ。
「ちょっと離れてセオドア。こっちはカレナ。ルーシー様の弟子で娘よ。用事があって王都まで来たからルーシー様が呼んだの」
驚いたように目を丸くしたセオドアはすぐに人懐っこい笑みを向けてきた。
「そっか。きみがカレナか。ぼくはセオドア。ここの研究員だよ。よろしくね」




