第108話 ユーベル・ルノー
トフス領の領主ユーベル・ルノーの使いの者!? なんで急にそんな人が。
いや、使いの者が魔力を今使用してんのよ。
「ユーベル様の使いの方が何の用でしょうか?」
「アルトト村の納税が遅れていると報告がありまして、主人が様子を見て来いと仰せだったので参りました」
私の問いに使用人の男性は眉一つ動かさずに答えた。
「納税が遅れていた理由なら、昨日まで村人たちの大半が魔力暴走を起こして倒れていたから無理よ」
「魔力暴走、ですか」
使用人がわずかに反応を示した。
「ええ。魔力暴走を起こした人がどうなるかなんてウェネーフィカなら知っているでしょう」
考え込むように指を下あごに添えた使用人は確認するように嫌味ばばあを見る。
「その娘の言う通りです。昨日まで村人たちは魔力暴走を起こして倒れておりました。そこの自称魔石研究家が救ってくれました」
嫌味ばばあの言葉に使用人の片眉が上がった。興味深そうに今度は私を見る。
「魔力暴走を鎮めたのですか。この方が?」
疑いの眼差しを向けてくる使用人を私は真っ直ぐ見据える。黒い瞳は探るように私を見て目を伏せた。
「そうでしたか。ありがとうございました。ユーベル様に代わりお礼を申し上げます」
「用事はそれだけですか?」
嫌味ばばあが一歩前に出て使用人に尋ねた。様子を見るだけだとは思えない。
本来は納税が遅れているアルトト村から税の絹織物を回収してくるように言われているのだろう。黙り込んでいる使用人に嫌味ばばあは肩をすくめた。
「おおかた納税の絹織物を回収してこいとでも言われたんでしょう。言った通り昨日までこの村は機能しておりませんでした。絹織物は後日必ず納めます。だから今日のところはお引き取りください」
頭を下げる嫌味ばばあを見下ろしていた使用人は渇いた笑いをこぼした。
「困りましたね、ユーベル様は納税にとても厳しい方ですので手ぶらで帰れば私も罰を受けてしまいます」
困ったように眉を下げる使用人は引き下がる様子はない。
私は手にしている絹織物へ視線を落とした。せっかくお礼としてもらった物だけど、これで目をつむってもらえるなら。
「あの」
声を上げた私を使用人が見た。すかさず私は手にしていた絹織物を使用人へ差し出した。
「カレナ!? 何を」
「この絹織物は先ほど頂いだものです。税として納めていた物となんの遜色もないと思います」
なるべく丁寧な口調で説明してみたけれど、受け取ってくれるだろうか。
喉を鳴らす私の目の前で受け取った使用人は絹織物の手触りを確かめて私を見る。
「おかしいですね。昨日まで魔力暴走を起こして倒れていたはずでは? 一日で絹織物ができるとは思えませんが」
他に隠しているのではないか、と疑っているのだろうか。そんなことはないのに。
だってこの魔力はロイさんのもので、今まで魔石に溜めていた魔力はすべて使い切ってしまっているのだから。
おそらく村人たちが急いでお礼として織ったのだろう。
「その絹織物から感じられる魔力は間違いなく昨日魔力を注いだロイさんのものよ。私が保証するわ。だから、たぶん急いで生糸を織ったんだと思う」
「ほう。保障、ですか。その口ぶりでは魔力が視えるとでも言うのですか?」
「そうね。今あなたが魔力を用いているのが視えているとでも言えば信じてもらえるかしら」
私の挑発的な視線に使用人の男は一瞬、目を丸くした。魔力を使っていることを指摘されるなんて思っていなかったんでしょうね。
「なんの魔力かは魔石に変えないと分からないけれど、村の中で魔力を使用しなければならない理由って何なのかしらね?」
口角を上げて相手の反応を私は待った。少しして使用人は低く笑って私を見る。次第に使用人の姿が中肉中背の中年男性から長身の青年へ変わっていく。
赤みの強いレディッシュブラウン色の短髪の青年はアランと同じくらいに見える。隣にいたアリスが息を呑んだ。
「なるほど、おもしろい人だ」
「ユーベル様」
アリスがこぼした名はしっかりとユーベルに届いていたようで興味深そうに眉が上がった。
「おや。私の顔を知っている人物は限られているのだけれど。ああ、変装はしているけれど君はアリス・ウォードかい?」
下あごに添えていた手を離したユーベルがアリスを指しながら言った。言い当てられてアリスが一歩下がる。
「そんなに怯えなくてもいいじゃないか。同じ貴族同士なんだから。今日は兄君は一緒じゃないのかな?」
「すみません」
アリスを隠すように私は距離を詰めてくるユーベルの前に割って入った。
「君は」
「不躾と承知で失礼します。私はカレナと申します。魔石研究家です」
嘘は言ってない。名乗って相手の反応を待った。
「カレナ、カレナ……。そうか、君がアランの婚約者か。噂は私の領まで届いているよ。一度顔を見てみたかったんだ」
至近距離でにこりとユーベルは端正な顔で笑う。近い。というか、私の噂ってなに?
「どんな噂か気になるという顔だ。じっくり聞かせてもいいのだけれど、私も多忙の身でね。それはまたの機会に」
ユーベルが数歩下がった。渡された絹織物に視線を落として笑いだした。
「それにしても、婚約者は他人同士なのにアランも君も同じような行動をするんだね。興味深いよ。村長、これは税としてもらっていくよ」
「それ、どういう」
ユーベルが言った意味が呑み込めず聞こうとした私にユーベルは人差し指を立てて私の唇に当てた。
「詳しくは本人か、村長にでも聞いてくれ」
にこりと微笑んでユーベルは帰っていった。




