第105話 アルトト村の料理が食べたい
小屋を出た時には日は暮れていて、馬車で来た私たちが今から屋敷に帰るには無理がある。嫌味ばばあからの提案で私たちは一晩村に泊めてもらうことになった。
「空いている家があるからそこに泊まりな」
「ありがとう、おばあちゃん」
お礼を言うと嫌味ばばあは鼻を鳴らして去って行く。
「私は野宿とか慣れているから泊まるのはいいんだけど、アリスは明日学校大丈夫なの?」
「ええ。大丈夫よ」
「アリス様……」
私の問いに間髪入れずに頷いたアリスの一歩後ろでエリナーが額を押さえている。全然大丈夫じゃないんだろうな。
屋敷にいるトムさんたちと連絡が取れればいいんだろうけど。水を使った魔道具を使うこともできるんだけど、それは相手も同じものが使えて初めて成り立つからな。
トムさんが常時魔道具を持ち歩いているはずもないし、どうしたものか。
「カレナ様! 僕が風の魔力を使って執事長に連絡しておきますよ!」
コリンが元気よく片手を挙げた。そっか、コリンの魔力は風だから自分の声を風に乗せえて執事長であるトムさんに伝えるってことか。
「コリン、いつの間に魔力の扱いを覚えたの?」
アリスが興味ありげにコリンに問う。手を後ろに組んで顔を覗き込むように見上げてくるアリスにコリンは珍しく頬を赤くした。
変装はしていても美少女なアリスに至近距離で見つめられれば誰だってときめく。コリンの反応に私は大きく頷く。
「い、いや。あの、カレナ様に助けていただいた後、魔力の扱いに関して学んだ方がいいと思いまして、エリナーたちと一緒に魔力を扱う練習を空き時間にしていました!」
「そっか。今度私も混ぜてほしいな。いいでしょ、エリナー」
たぶん私が工房にこもっている間にエリナーたちはみんなで密かに魔力を扱えるように練習していたんだろうな。
ウォード家のみんなが魔力を扱っている姿を想像して私は小さく笑う。
「あ。私もアリスと一緒に見学したい!」
「カレナ様まで!?」
目を丸くするコリンの後ろでエリナーとロバートが咳払いをした。
「盛り上がっているところ申し訳ありません。宿は提供していただきましたが、食事はどうしましょう。村の畑は戻りましたが、作物が育つにはまだ時間がかかります」
「一応もしもの時を想定して馬車に食料と食材を積んでありますが」
エリナーとロバートが交互に話す。さすが二人だ。変装道具といい、食料といい準備がいい。
「さすがね、食料や食材を念のために馬車に積んでいたなんて」
両手を合わせてふわり、と笑うアリスに褒められて照れたのか、エリナーもロバートも息を呑んで顔をかすかに赤く染めた。
主人に褒められるとやっぱり嬉しいものなんだな。食材か。せっかくならアルトト村の料理が食べてみたいな。
「ね、せっかく食材があるんならさ、ルイスさんたちから料理を教わってアルトト村の料理を作るのはどう?」
「アルトト村の料理をですか?」
エリナーの問いに私は大きく頷いた。
「ロズイドルフ領って広いでしょ? 地域によって採れる作物が違うなら料理だって地域性が出ると思うのよ」
「なるほど! エリナー、ロバート!」
人差し指を立てて力説する私にアリスとコリンが瞳を輝かせて食いつく。私を含めて三人に見つめられたエリナーとロバートは顔を見合わせて肩をすくめた。
「分かりました。ただ、ルイスさんたちから教えていただけるかは分かりませが」
「やったー!」
私とアリスが両手を重ねてハイタッチしている間にロバートがコリンを連れて馬車の方へ急ぎ足で向かう。
少ししてから食材を馬車から持ってきたロバートとコリンを連れてエリナーはルイスさんの家を訪ねた。
その後ろを私とアリスがついて行く。ノックをして顔を出したルイスさんは私たちを見て灰色の瞳を丸くした。
「みなさん、おそろいでどうかしましたか?」
「すみません。こちらの村で作られる料理を教えていただけませんか?」
全員を代表してロバートがルイスさんに問うた。突然の問いに状況を飲み込めていないルイスさんが何度も瞬きを繰り返す。
「え、ええ!? 村の料理をですか?」
「食材はこちらで用意しています。せっかくなら訪れた村の料理を味わってみたいと、こちらの二人が熱望しておりまして」
エリナーが私とアリスを示しながら言うと、ルイスさんは私たちに視線を移した。
「カレナさんたちが?」
「ん? ええ。私たちが住んでいる地域からこの村は離れているし、料理の味も違うのかなって興味があったんです。迷惑でなければ教えてください」
ルイスさんは指を口元に当てて考える仕草をすると「分かりました」と返事をして私たちを家へと招いた。




