第100話 村の風習
私たちが村人たちと話している間、嫌味ばばあは外に備え付けられていた椅子に腰かけて待っていた。
どこか穏やかな表情で私たちを見ていた嫌味ばばあは会話が終わるのを待ってゆっくり立ち上がった。杖を突いて私たちの傍まで歩いてくる。
「おまえたち、話は終わったかい? ならさっさと行くよ」
「あ、はーい。待たせてごめんね」
砕けた口調で話す私を怒ることも、とがめることもせず、嫌味ばばあは呆れたように息をつくだけだ。
嫌味ばばあの態度に驚いているルイスさんは困惑気味に私と嫌味ばばあを交互に見るだけで、何も言わない。
「じゃあ、ちょっとおばあちゃんと行ってくるね」
ルイスさんたちに軽く手を振って嫌味ばばあの後を私は追いかけた。小屋に着いて嫌味ばばあは白い布を取る。
変わらず大量の魔力をため込んだ魔石と糸のようにつながっている先にイモムシが何匹もいる。繭を形成しているのはイモムシたち。
同じ魔力を感じ取れて、その魔力はさらには魔石に含まれているものと同じだった。
「それで、この魔石とイモムシとの関係は何? 見たところ魔石から細い糸のようなものでイモムシに魔力が送られているようだけど」
砂時計の砂がゆっくりと下に落ちるように魔力が落ちている。
魔石が村人の魔力をため込む構造も、魔石から他に魔力を流す芸当も私たちのアフェレーシスに似ているようで少し違う。興味を惹かれないはずがない。
それに、嫌味ばばあから感じる魔石の気配は小屋に入ってはっきりした。イモムシたちと繋がっている魔石とまったく同じだ。
「その顔はここにある魔石とさっきあんたが指摘した私から感じる魔石の気配が同じだと気付いたのかい」
「ええ、まあ。なに、どういうこと?」
目を丸くする嫌味ばばあはゆっくりとテーブルに置かれている魔石に近づいた。
「まあ、黙って見とくれ」
言うなり嫌味ばばあは服の袖をまくった。皺だらけの腕には拳くらいの透明な魔石が埋め込まれていて、今度は私が目を丸くする番だった。
魔石を体に埋め込むなんて聞いたことがない。いや、待って。一匹だけ心当たりがある。ヘイヘイだ。でもあれは人工魔石でこっちは本物の魔石。ますます分からない。
「驚いた。魔石が埋め込まれたのを見たことがあるのかい。魔石の研究者というのはウソじゃないようだね」
「え、まだ疑ってたの? そろそろ信じてもいいんじゃない?」
嫌味ばばあは私に構わず袖を下ろして魔石が埋め込まれている右手でテーブルにある魔石へ触れた。
痛みがあるのか、苦悶の表情を浮かべている間に魔石から魔力が減っていく。
どこに行くのか考えるまでもなく、嫌味ばばあの腕に埋め込まれている魔石へ吸収された。吸収し終えた嫌味ばばあは「ふぅ」と息をついて再び袖をまくる。
さきほど見た腕の魔石が新緑のような緑色に変わっていた。見ている間に魔石から葉のようなものが出てきてそれを嫌味ばばあは回収してはテーブルの上に置いていく。
十枚くらい回収したところで魔石が透明に戻った。嫌味ばばあが収集した葉のようなものを透明なケースの中へ放り込む。
すぐに気付いたイモムシたちが葉の方へ向かい食べ始めた。食べ終えたイモムシたちは糸を吐き出して繭を形成し始める。
「これがこの村の風習だ。魔力が込められた上等な絹織物の材料はこいつらさ。蚕のようだと言ったね、そうさ。こいつらは魔力を食べて繭を作る蚕さ」
ケース内にある繭を回収しながら嫌味ばばあが言う。一つだけ真っ白な繭を私の手に乗せてくれた。
光にかざせば魔力がキラキラと輝いて見えて綺麗で、しかも軽くて柔らかい。これが村の特産品?
「でも、これは」
「負担が強いって言いたいんだろう?」
「分かっているんじゃない」
村人から集めた魔力を魔石にため込んで、それを人に埋め込まれた魔石で回収して蚕のエサを作るなんて危険なやり方私は許容できない。
だってこの行為は本来人の身ではあり得ないことで、下手をすれば身体に負担がかかるばかりか、魔力暴走を起こす可能性がある。
あ、嫌味ばばあが体調を崩したのってこれが原因? 長期間魔力を体内で経由すれば並の人間の身体には魔力の欠片が蓄積していくだろう。
「……あんたには何をやったのか視えているようだね。これは大昔に祖先が村を救うために蚕と交わした契約、のようなものさ」
「契約」
私は喉を鳴らした。そんな契約があるなんて聞いたことない。




