第98話 認めざるを得ない
よし、土地のことはコリンとロバートに任せて私は他の人たちにアフェレーシスをしていこう。
鞄の肩ひもをかけ直した私にアリスが声をかけた。
「あの、カレナ。私は何をしたらいい?」
期待に満ちた目で見つめてくるアリスに私は微笑む。貴族なのにアリスは苦しむ村人のために何かをしたいと思えるのね。
優しい子だわ。エリナー、コリン、ロバートもそうだけど協力的なのはウォード家での人間関係が良いからなのかもしれない。
「じゃあ、アリスにはサリーと同じ役割を頼もうかな」
「サリーと?」
「そ。私の助手ってこと。まあ、助手っていってもアフェレーシスをしている間、相手の手を握って安心させてほしい」
アリスは自分が助けられた時にサリーに手を握ってもらったことを思い出したのか、自分の手を見つめて小さく笑った。
「うん! 任せて!」
力こぶを作るアリスの隣でエリナーが何か言いたげに私を見る。エリナーも指示待ちなのかな。
「エリナー」
名前を呼ぶと、小さく肩が揺れた。やっぱり指示待ちだった。めずらしくそわそわしているように見えるのは気のせいじゃない。
「はい。なんでしょう」
「エリナーは手の空いている村人たちに魔力の使い方を教えてほしい」
「私がですか?」
意外そうに碧眼色の目を丸くするエリナーに私は「そう!」と肯定する。
エリナーはウォード家の使用人の中で魔力の扱いが一番安定しているのに加えて、使用人の指導を任されているくらいエリナーは教えるのが上手い。
それをエリナーに伝えると、照れているのか微かに頬を赤くしていた。
「カレナ様がおっしゃるなら」
「エリナーならできるわ! 私にも教え方が上手だもの!」
「ありがとうございます。そう言っていただけて光栄です」
一礼したエリナーが踵を返して出て行くのを見送った私はアリスを連れて村人たちにアフェレーシスを続けてして回った。
美少女のアリスが手を握って優しく声をかけるだけで、魔力暴走を起こしている人たちは安心するのか大人しくアフェレーシスを受けてくれて助かった。
マルクの父親も無事魔力暴走から解放されて今は他の人たちと同じで自宅で眠っている。
魔力暴走が軽かった人たちはすでに動いていてコリンたちから魔石の扱い方を学んでいた。
「ふぅ~。なんとか全員分終わったわね」
「お疲れさま、カレナ」
さすがに数十人にアフェレーシスをしたことはなかったから疲労感がすごい。
身体が鉛のように重くて、立ち上がるのに気合を入れないと立ち上がれそうにない。座り込んでいる私の周囲にはアルトト村で得られた魔石が転がっている。
ほとんどが自然界で利用できるものだ。水、風、土、緑、火とめずらしい魔石ではないものの、生活には欠かせないものばかりだから、そりゃあ、土地が荒廃するはずよ。
「カレナ大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込んでくるアリスに私は緩く笑う。というか、笑うしか体力が残っていない。
「さすがに疲れたかな。このまま寝たいくらい」
「たくさんの人を救ったあとだもの。カレナがアフェレーシスをしたあとね、私の手を握り返していた人たちの手が緩んだの」
床に落ちていた魔石を拾ったアリスが人差し指で石の表面を撫でながら小さく笑う。
「苦しさが和らいでいく感覚は私にも分かるから、カレナに救われた人たちはみんな感謝してると思うの」
「……私は魔石が手に入ればそれでいいんだけど?」
照れくさくなった私は人差し指で頬を掻いた。目の前でアリスが肩を揺らして笑っている。
「ふふっ、そういうことにしておくわ。でも、ロズイドルフ領の人たちのために力を使ってくれてありがとう」
手にしていた魔石を私の手に乗せたアリスが魔石ごと私の手を両手で包んで柔らかく微笑んだ。
うっ、美少女の微笑みの破壊力よ! マルクとは違った意味で眩しい。
座り込んでいる私たちの元に杖をつく音が背後から聞こえてきた。誰か、なんて確認しなくても分かる。嫌味ばばあだ。
「本当に全員を救うとはね」
しわがれた声だけれど、最初に会った時のとげとげしい言い方ではなく少しだけ柔らかくなっている。
「なに、見直した?」
「ふん。調子に乗るんじゃないよ、と言いたいところだけどね。口だけじゃなく全員助けたあんたのことは認めざるを得ない」
「そりゃどうも」
私たちの傍まで杖をついて近づいてきた嫌味ばばあは私を見下ろして鼻で笑う。
「大婆様、カレナは村人を全員救いました。約束通り魔石とイモムシとの関係を教えていただけますか?」
私の代わりにアリスが嫌味ばばあを見据えて交換条件を持ち出した。
「いいだろう。あんたの力と村の秘密は似ているところがあるからね。ついて来な」




