得たもの、失ったもの
眼前に広がる大空。風を切る音。マーティの魔法によって鳥の視界を共有したのだろうか。いや、それだと風の音が聞こえるのは不自然か。それに、ただ単に視界を共有しただけでは自由に視線を動かすことは叶わないはずだ。
「すごいですよね、フフッ……その魔法」
中空からニコやかな明るい声がする。
「──どうなってんだ。」
「元勇者といえど……フッ、流石にこんな経験はしたことないか」
笑いを抑えるような声も聞こえる。フランシェもマーティも浮ついた雰囲気で、一体何が面白いのか。
「おい、そんな楽しんでないで、どうにかしてくれ」
「ふぅ……すまない。戻すからもう一度目を閉じてくれ」
ちゃんと声は届いているのか。それにしては反応が遅いというか、少し息が上がっている? 笑い疲れたのだろうか。
仕方なく目を閉じる。少しすると瞼の周りにあった熱は消え、差し込む様な光がなくなる。それと同時に身体が何かに引っかかるような感じがする。
「もう良いのか?」
「問題ない」
やはり、と言うべきだろうか自分の身体は馬車の座席から滑り落ちていた。魔法が解けてから薄々と感じ た動きづらさはこれのせいなのだ。
同時に彼らが楽しく鑑賞していた理由もわかった。
「そんな滑稽だったか?」
「いいえ、それよりとても勇敢でしたよ。ずっと剣を握って、滑り落ちても離していませんでしたから」
貶されているわけではないが褒められているようにも感じにくい、なんだこの気持ち。まあ、剣を握るだけで振り回さなかった分、良しとしよう。
座席に座り直し身だしなみを整える。
「それよりなんなんだ、その魔法」
「機能を担っている。ってのが近いな」
「機能を担う?」
「そう、動物だって目や耳を使うだろ。その機能を担って疲れを負担する代わりに、得た情報を貰っているんだ」
わかるようなわからないような。だが、少なくとも息が上がっていた理由は魔法の負担によるものってことは分かった。
「まあ、いろんな所から情報が集められるってことを覚えてくれればそれでいい。あと、意外と疲れることも」
状況を問わず情報収集を行えるということなら確かに今回の作戦、大いに貢献できる魔法になりそうだ。
「にしても、俺が生きていた頃より魔法のあり方がだいぶ変わっているな」
「ソア様が生きておられた頃の魔法はどんなものだったのですか?」
「それはそれは長ったらしい詠唱を唱えて火球やら氷柱を飛ばす程度で、マーティが使った複雑な魔法何てなかったよ。強いて言うなら、この身体を作った奴くらいが今見せてもらった魔法に近い事をしていた気がする」
多少、魔法は知っているつもりだったが、あんなもの見せられては全く役に立たなそうだ。
「では、ソア様が生きておられた頃より魔法はかなりの進化をしていると?」
「ああ、かなり。まあ、魔法なんて実際に使ったことはないから確証を持っているわけではないんだけどな。だが進化した理由なんて、人に向け……どうしたんだ二人とも」
なぜかフランシェもマーティも呆気にとらわれている。
「どうした。変なことでも言ったか?」
「いや、どうもこうもソアさん魔法使ったことないって本当……なのか?」
「ああ、そうだ。何なら使う事すらできない」
「それは、その体になってからって意味だったりしないか」
「いいや、昔からだ」
魔法を使えないことがそんなに珍しいのか。フランシェの方は驚きすぎてしゃべってないし。
「これはどっちを指摘したらいいのか……」
「キエールまで時間はあるんだ。どっちも聞くよ」
「そうか、なら。魔法が使えないってどういうことなんだ?」
「そのままの意味だけど。そういう事が聞きたいんじゃないんだよな。多少、昔話も混じるがいいか?」
彼は、もちろん頷く。全くもってつまらない話なのだが、聞いてくれるのなら聞かせてあげよう。
「気づいたのは、今と違って本当の勇者として旅に出る前。フロント王国の兵士に剣術とか教えてもらっていた時期があったんだが。ある程度、剣術が身に着いたとき魔法も使えた方が便利だろうと思ってな」
実際は扱えたらカッコいいかなと思って挑戦してみようとしたとは到底言えない。
「それで、兵士づてに国の魔術師に頼み込んで了承をもらったんだけど……いざ実践してみると、魔法どころか魔法陣すらあらわれない始末で。俺含めた一同、全員困惑していたよ」
「てことは、今も原因不明ってことか?」
「ああ。すまん、よくよく考えたら使えない理由にはなっていないな。」
「いや、まあそんなことは気にしてないが勇者とはいえ、こんなあからさまに出来ない事があるなんてな」
買いかぶりすぎ。とも言えないほど、あの頃は魔法以外なんでもできた気がする。
「結局、魔法使わなくても魔王を倒せたし問題はなかったんだけど。」
「おっ、丁度いい。もう一つ聞きたかったのはそのことなんだ。」
「魔王を倒した件のことか?」
「そう。詳しくは魔法を使わず魔王を倒したことだ。それはつまり素の身体能力だけで倒したってことになるが。」
「間違ってないよ」
面白いことに、マーティの表情が今までで一番の険しさを迎えている。魔法が使えないだけで、あれだけ驚いたのなら無理もないか。
「僕が子供の頃に聞いたおとぎ話に、勇者は天高く飛ぶ竜を、瞬きする間もなく叩き切った。てのがあった気がするんだが、それも本当か?」
「そんなこともあったな。頑張ってジャンプしたら届いたんだよ」
「雲の上までジャンプ……なんでさっきの僕の魔法で驚いたんだ」
「あれは、君たちの声が聞こえたから。」
「その前も驚いていなかったか?」
「そうだっけか」
マーティは諦めが付いたのか、険しい表情はなくなっていった。
「さて、そろそろフランシェを戻してあげよう」
軽く揺さぶると、ハッとしたようにこちらの世界へ戻ってきた。
「あ、ありがとうございます。……それよりソア様って、そんな吹っ飛んだお人だったのですね。」
「それだと俺がヤバいやつみたいじゃないか。吹っ飛んでいるのはあくまで身体だけだ」
「それもそれでおかしいよ」
あの時の身体の異常性は今までもずっと、おかしいとは思っている。成長の上限を知らないような無限の可能性。勇者にしても、やりすぎなくらいの身体。
「まあ、そんな身体とも今はおさらばなわけだが」
「てことは、さすがに今はそんなバカげた身体能力は発揮できないのか。」
「そうだね。だから君たちがいて本当に助かるよ」
「僕は、戦闘にほとんど貢献できないから主にフランシェだけだ」
「えっ……。ちょっと不安が」
「いや、俺もちゃんと戦えるから。身体能力はなくなっても戦闘経験はなくなってないからね。」
安堵し、一息つくフランシェ。
安堵する彼女を横目に、実際は、旅先で通用するような技術があるか不安になる自分もいる。だが、何人もの人生を犠牲にしてしまったからにはもう、後戻りなどできない。
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