『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス㉑
「ガーディさん……あなたはどうして!」
──どうして、ギュスターヴの味方をするのか。
そう尋ねる代わりに、俺は覇山焔龍昇を繰り出して飛び掛かっていた。無意味な問いなど発せない程、怒りと焦燥が俺の内側を飽和させていた。
「ユリア! ゼドク! コーディアを助けて!」
「分かった!」「承知!」
二人が動くのを横目に確認し、刀身をガーディさんに近づける。彼は、V字型の剣技の構えに入っていたが、赤い光が太刀から生じ、流れるようにその体を覆った。まだ見た事のない技かもしれない、と思ったが、俺は慎重策よりも強行突破を採る事にした。
俺の剣先が、確かにガーディさんを捉えた。が、霞を切るように手応えがない。彼自身も俺の攻撃を意に介さないように、構えを変えて袈裟斬りに入る。次に、腰の辺りを狙う横薙ぎ。空振りのような動きに戸惑いながらも、俺は剣を振り続ける。しかし、やはり手応えは感じられず、彼も表情を変えなかった。
やがて、赤い光が再び剣に収斂し、純白の爆発めいた光焔に変化した。
「セレスタル・ディクライニング!」
彼の基本剣技を応用した我流、と推測される名前が鋭く発せられた時、光が俺に向かって一気に放出された。
体が、バラバラになりそうな程の衝撃。俺が攻撃した分のダメージを、元の威力の底上げに使用しているのだ、と気付いた時には、既に俺は地面に張りつけられたような状態で、立ち上がれなかった。
有り得ない。こちらの特殊攻撃ではない物理技を吸収して、概念的な数値であるダメージを送り返してきた。この技は彼の我流である事は間違いなさそうだが、根本に彼と契約した魔神族の力が関わっているのかもしれない。
「アンセスの仕草は不愉快だが」
彼は、再度フォームメダルを内包した球体を取り出す。
「これもまた、計画遂行の為だ。今はこちらを優先させて貰う」
「俺は……」
俺たちは、負けるのか。イヴァルディさんを犠牲にし、コーディアから父親を奪わせてしまってまで……俺たちを信用し、この作戦の実行を許してくれた街の人々を裏切り、核爆発で死なせてしまう未来を是とするのか。
勇者の始まりは、いつでも小さな勇気から。
この言葉を俺にくれたガーディさんに──かつて俺と同じ勇者だった彼に──その未来への引き金を引かせるのか。彼は倒すべき世界の敵だと、災厄を招くと疎まれたという彼に、それを裏付けさせてしまうのか。そう考え、冗談じゃない、と思った時には、俺は軋む体に鞭打って、跳ね起きていた。
「俺は、そんなのごめんだ!!」
俺がもう起き上がれないと思ったのか、こちらに止めを刺す事をせず球体をロゼルに向けた彼に向かって、俺は懐に入り込むように突撃した。峰打ちの出来ないデュアルブレードでは、彼の動脈を斬ってしまう、という頭は働き、俺は代わりに拳を形成した。
「盾通拳!」
コマンドを口に出しかけていたガーディさんの目が、散大した。俺の拳が打ちつけられた彼の手首が曲がり、その手から球体が飛ぶ。俺はそれをキャッチすると、指先で中からフォームメダルを抉り出した。
「ロゼル!」叫びつつ、また太刀を振り直そうとしたガーディさんから離れた。ギュスターヴと戦うユリアたちの後を通過し、ロゼルにそれを放る。彼女はそれをしっかりとキャッチし、胸に抱き締めた後、俺の意図を察したらしく肯いた。
彼女は、何とか立ち上がろうとするコーディアに駆け寄ると、その手にメダルを握らせた。
「コーディアさん、これを使って。あたしも……戦う」
「ロゼル……」
彼女が何か答えるのも待たず、ロゼルは黒紫色の流体となり、メダルへと吸収されていく。コーディアは神妙な面持ちでそれを見つめると、やがて微かに肯く。彼女はメダルを突き出し、叫んだ。
「トランスフォーム『ロゼル・ダークネス』!」
黒い魔方陣が生じ、彼女を変身させる。黒いバトルドレスを基調に、胸元や両腕には精緻なレース編みの布地。髪は紫色に変わり、薔薇の髪飾りに花嫁のようなベールが出現する。その印象は「魔女」で、魔法使いの血を引いた彼女と符合したもののように感じられた。
「ブレイヴが四人ですと……!?」ギュスターヴが目を剝く。
コーディアは目を閉じ、拳を額に当てた。
「ロゼル……お父さん……私、ちゃんと感じてるよ。確かに伝わっている。一緒に行こう、約束を果たす為に!」
「プロヴィデンス!」
「シャドウエンパイア!」
ギュスターヴの魔法から一瞬遅れ、コーディアが床から斬り飛ばすように剣を振るった。地を這うように、闇の波動が放たれる。それはプロヴィデンスの風の渦を呑み込んで掻き消し、ギュスターヴに直撃した。
「ぐはああっ!」
「今の……本当に剣技なの!?」
ユリアが息を呑む。ガーディさんも、俺への追撃を忘れたかのように立ち尽くしており、驚きを隠せていなかった。
「私も、この秘奥義を使うしかないようですね!」ギュスターヴはマニフェスタテイルを解除し、両腕を巴紋を描くように曲げ、両掌の間に莫大な風属性エネルギーを集め始めた。
「塵すら残さず消えなさい! インディグナント・ゴッドブレス!」
魔術師の手が、エネルギーを解放するように開かれ、押し出された。圧縮された空気の渦は極太の帯となり、コーディア、その後方に居る俺たちにも飛ぶ。このままではガーディさんをも巻き込む攻撃。ギュスターヴはもう、何も目に入っていないようだった。
「ガードして!」俺が言うよりも早く、ユリア、ゼドクは剣技を──それもそれぞれの必殺技を繰り出し、相殺を図っていた。しかし、二人ともかなり厳しいらしく、押されて地面から浮き上がりそうになっていた。
ガーディさんに酷い損傷を受けた体が、ちぎれ飛ぶかと思われた。しかしコーディアは、それを防ぐのではなく回避し──というより、風圧を一瞬ずつ靴底に受ける事で踏み台にし──、天井付近まで舞い上がった。周囲で壁や床が次々に崩壊していくが、彼女の周囲だけは不思議と風が凪いでいた。
「あんたの企みもこれで終わりよ、ギュスターヴ! 魔導黒瀷戟!」
コーディアは、降下しつつ技を使う。闇のオーラを纏った刃は槍の如く伸び、ギュスターヴの心臓に向かって一直線に撃ち出された。
魔術師は、声を上げる間もなく後傾し、地面に磔になる。彼の放出していた風の力が拡散し、その体を中心に竜巻のような渦が舞い上がった。
「脱出するよ、早く!」
コーディアは闇の槍を抜くと、オーラを振り払って納刀する。彼女がロゼルを分離させた時、既に天井は崩壊を始めていた。
ユリアたちも、今防いでいる攻撃を相殺しきるや否や、それぞれのイマジンの憑依を解かせ、部屋の外に駆け出そうとするコーディアに続く。俺はちらりとガーディさんを振り返ったが、彼は降り注ぐ瓦礫を刀で切断し、逃げる為に駆け出す事が出来ないようだった。
このままでは、彼は必ず生き埋めになる。しかし、俺はそれを分かった上で、彼を助ける事よりも仲間たちの安全を選んだ。
(さようなら……ガーディさん)
「逃がすか!」
彼は、俺が身を翻しかけた瞬間、インフェリアブランドをこちらに向けた。
その時、倒したとばかり思っていたギュスターヴが、胴体を大きく穿たれながらも死力を尽くして起き上がり、最期の力を振り絞って俺たちに向かって手を伸ばす。だが、それが災いし、ガーディさんの突き出した太刀に貫かれてしまった。
「邪魔だ!」
ガーディさんは血塗れの太刀を抜くと、目の前で力尽きた魔術師に怒鳴る。その次の瞬間には、もう彼の姿は土煙の向こうへと見えなくなった。
俺たちは、既に廊下を走っていた。
* * *
制限時間である六時間が経って夕方になっても、その瞬間はやって来なかった。恐らく、チャクラバルティンの魔法制御を行うアンセス、ギュスターヴが死んだ事で、兵器の起動が出来なくなったのだろう。
俺たちが帰還した後も、避難した街の人々の間には緊張した空気が漂っていた。しかし、制限時間が過ぎても何も起こらなかった時、その空気がやっと弛緩した。人々は俺たちの作戦成功を称え、特にMVPであったコーディアとロゼルへの賞賛を惜しまなかった。
「皆……ご心配をお掛けしました。信じてくれて、ありがとう」
コーディアはそう応えたが、すぐに顔をくしゃりと歪めた。堪えていたものが決壊するように泣き崩れ、肩を震わせて慟哭し、イヴァルディさんと父マンティスの名前を呼び続けた。
「皆さん」
俺も、自分の体に刻まれた傷を見、痛みに耐えながらも、耐えきる事が出来ずに涙を流した。それは傷そのものの痛みではなく、俺にそれを刻んだガーディさんと、遂に分かり合えなかった事に対する心の痛みだった。
俺は彼の言葉から、ある仮説を立てていた。もう少しで、彼が一体何故、この世界の滅亡を望んだのかを理解出来たような気がした。一方で、その仮説が否定される事も何処かで願っていた。あまりにも荒唐無稽、非現実的である事もその理由だが、それが本当だとしたら、俺たちがこの世界で経験した出逢いそのものまで、悲劇になってしまうように思えたのだ。
これで良かったのだろうか、と思った。しかし、今はそれを考えないようにし──ただ俺を、最初に勇者と呼んでくれた彼の事も、供養しようと思った。
「敬礼!」
俺は半ば潰れかかった声で言い、セイバルテリオに向かって敬礼した。ユリアやコーディア、イマジンたち、ゼドクとルクス、エルゼートさんや街の人々も倣い、真っ直ぐに敬礼を行う。
永遠とも錯覚しそうな時間、俺たちはそうして立っていた。
斜陽は既に、遥か遠くに見える地平線に、その姿を隠そうとしていた。
ゼドクは、自分たちの役目は終わった、と言い、まだロゼルと一緒に居たがるルクスを引き摺るようにして、その日のうちに去って行った。




