『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス⑫
「あっれえ? ケント君たち何やってんのー?」
媚びるような、しかしそれでいてどうしようもない程の危険性を孕んだような声が頭上から降り注いだ。
しまった、と思いながら顔を上げると、そこには愛用のニューニに乗ったレーナが酷薄に嗤っていた。
「コーディアちゃんが変な事しているからもしかして、って思ったんだけどー、ロゼルをレーナたちにくれるっていうのは口から出任せだったって訳?」
俺が言葉を出せずにいると、彼女は短剣をさっと振ってニューニに指示を出すと、こちらを蹴り飛ばさせた。ユリアがやっと身を起こし、呻き声を上げて倒れ込んだ俺を支えてくれる。「ケント君!」
「ありがとう、ユリア……!」
「汚いのよねえ、あんたたちのやり方」レーナはつまらなそうに言い、指先で短剣をくるりと回転させる。「それでよく、勇者なんて名乗れるね?」
「あんたが言える事じゃないでしょ、レーナ!」
ユリアは激しく反駁する。
「あんたこそ、罪もない人たちを人質にして脅迫するなんて!」
「何はともあれ、これで交渉は決裂って訳ね。言ったでしょ、レーナは……あたしは何千人、何万人と死のうが、痛くも痒くもないって」
レーナが言った時、突然壁の崩壊個所からコーディアが飛び込んできた。空中で剣技を発動し、魔物の上に乗ったレーナに襲い掛かる。レーナは目を丸くして跳び退ると、ニューニに叫ぶ。
「ニューニちゃん! レーナを守りなさい!」
「退魔剣!」
コーディアが技を使うと、ニューニはレーナの指示通り彼女らの間に羽を広げ、壁を作る。だがそれ以降に魔物が行った攻撃といえば、翼を叩きつけたり嘴で乱れ突きを繰り出したりという目茶苦茶なもので、威力は高いながらもコーディアはひらりひらりと躱していた。
「コーディアさん!」
壁の向こうで、ロゼルが叫んだのが聞こえた。しかし、コーディアは「大丈夫!」と応え、更に積極的に攻撃を畳み掛けていく。元々騎乗物扱いだったニューニは戦闘経験が殆どなかったらしく、彼女の連撃に対し、比較的硬い部位で受け止める以外に対応の術を持たないようだった。
コーディアの猛攻は魔物を斬り、引き裂き、徹底的に追い詰めた。止めの真退魔剣が叩き込まれると、ニューニは遂に動きを止めた。
「コーディア! 無事だった!?」
俺が問い掛けると、彼女は「ごめんね」と言った。
「ロゼルは救出出来たけど、レーナに見つかっちゃって……押さえられなかった」
「コーディア?」
不意に、マンティス総統が彼女を見た。しかし、彼がそれ以上何かを発する前に、俺たちとコーディアの間に立ち塞がったレーナが顔を紅潮させ、ヴァルキュリアピアサーを振り回した。
「もう、許さないんだから! ロイヤルホミサイド!」
「マズい、来るぞ!」
俺は彼女を追おうと床を蹴る。レーナは、コーディアに刺突技を繰り出しながらもHMEを取り出し、巧みに片手で操作して音声を吹き込んだ。
「『レーナちゃん様、マジ尊い』!」
短い一言で、すぐに送信する。あらかじめ合言葉を決め、それを兵士たちにフォールン起動の合図として教えていたのだろう。
「駄目! 皆!」
「もう遅いわよっ!」
悲痛な声を上げたコーディアの腕を、レーナの刺突が貫いた。
「ゼフレアさんたち、皆死んじゃうよ! お願い、そんな事……」
「だーめっ! レーナ、約束を破る子は大嫌いなの。そんな遺伝子を生み出すような人間たち、根絶やしにしちゃえばいいのよ」
レーナは次の技に移行する。
「妖魔蝕命啍!」
短剣から、溶けかけた髑髏のようなエフェクトが生じ、貫かれたコーディアの腕にまとわりつく。レーナはニヤリと笑うと、刀身を彼女の肉の中で思い切り縦に斬り下げた。血液がバケツを引っ繰り返したように零れ、コーディアは苦悶の声を上げて仰向けに倒れ込む。
起き上がろうとした彼女の下腹部を、レーナの靴底が荒々しく踏みつけた。
「あんたみたいな、完璧人間は……!」
彼女の声に憎悪が滲みかけた時、突然着信音が鳴る。コーディアを助けようと飛び出しかけていた俺は、思わずびくりと足を止めた。
レーナはHMEを再度取り出すと、文面に目を走らせる。
そして数秒後、「ええーっ!?」と声を上げた。
「どういう事? 装置で生成した核融合エネルギーが、消えているって……機械の故障じゃない? あんなに増幅したはずのものが、そう簡単になくなっちゃうの? そんな訳ないでしょ、一体何処に……」
「スピニングマリン!」
レーナの独白を聞いて硬直している俺の横から、ユリアが動いた。レーナが咄嗟に迎撃しようとすると、彼女は刀身をぶつけたまま体重を掛け、レーナと縺れ合うようにして床に倒れ込んだ。
「レーナ! あんたはもう、これ以上……!」
「ユリアちゃんは引っ込んでてよ!」
毒吐くと、レーナはユリアを押し退けた。倒れ込んだユリアに追撃を掛けようとはせず、ノックバックして服の裾を払う。
「あたし、確かめなきゃいけない事があるから。もう、あんたたちに構っている暇なんかないわ。だけど勘違いしないでよね、これであたし、許してあげられる程優しい女じゃないから」
言うと、彼女は身を翻して部屋を出て行った。
俺は、早鐘の如き心臓の拍動を懸命に宥めようとする。
助かったのか、フォールン・セラフは何らかの理由で、起動に失敗したようだ。それは、もうセイバルテリオの半分が壊滅するという事は起こらないと、安堵していい事なのか。
刹那、矢庭にマンティス総統が発言した。
「……貴様らが一体どんな小細工を弄したのかは知らんが」
デッドスパークルを横に振り、イヴァルディさんの横面を強打する。彼が倒れ込むと、俺たちは一斉にあっと叫んだ。
「こうして愚弄されたままでは、ヴェンジャーズの沽券に関わる。幸いここにはアロード・ファイヤーにシルフィ・アクア、更にはロゼル・ダークネスが揃っている。鏖殺し、巻き戻された大願成就を再度進めさせて貰おう」
彼は、またもやガストロープニルを展開する。立ち昇る炎の壁を、俺たちの集まっている辺りに押し出そうとした時だった。
本拠地に来てからずっと、何かを堪えるような様子だったコーディアが、そこで顔を上げてマンティス総統に叫んだ。
「もうやめて、お父さん!」
「えっ?」
俺とユリア、イヴァルディさん、ロゼルは同時に、コーディアへと視線を集中させる。それから恐る恐る総統を見ると、彼は魔法を解除しないまま、無表情でコーディアをじっと見つめていた。
「お父さんって……?」
「分かるでしょう、お父さん! 私、カルデア、あなたの娘よ」
彼女は俺たちにちらりと目を向けると、小さな声で「隠していてごめんなさい」と言った。
「だけど、言えるはずないじゃない。ロゼルと一緒に暮らしていて、一緒にヴェンジャーズからも逃げた私が……ヴェンジャーズ総統の実の娘だなんて」
「待ってよ、どういう事? どうしてそうなるの?」ユリアが、状況が呑み込めないと言わんばかりに視線を左右させる。「しかもカルデアって……あなた、コーディアでしょう?」
「どっちも同じ意味なの。私、ずっと偽名を使っていたの。お父さんは……マンティスはずっと、私が死んだと思い込んでいたから。お父さんは世界への復讐の為に、ヴェンジャーズを結成したんだから」
「マンティス総統! 答えて下さい!」
ロゼルは、無表情の総統に向かって声を投げ掛けた。
「コーディアさんの言っている事は本当なんですか? あなたは、本当にコーディアさんのお父さんなんですか?」
俺たちも、答えてくれ、と思いながら彼を見つめる。
マンティス総統は暫し黙り込んでいたが、やがて魔法を解き、絞り出した。
「カルデアは、妻と共に死んだ」
コーディアの目がはっとしたように見開かれ、やがて潤み出す。
「お父さん……!」
「タバルジンクスの村で、シャーナは川に身を投げたのだ……私との一人娘を、やっと取り戻した奇跡の子を抱いてな。貴族や財閥、力ある者どもには、行った行為全てを正当化する権利がある。故に王族は、あのような所業をも是としたのだ。ならば力なき者の権利とは!」
総統は、デッドスパークルの石突きをカーンッ! と激しく床に叩きつけた。
「断罪の権利だ! そう、我々にはあるのだ、権力者の放擲した採算を、利子を付けて突き返す権利がな! ……我が行動の理由をも利用し、王族に与し私に剣を向ける貴様を、私は最愛のカルデアとは認められん! そのような小手先の事で私を揺るがそうなど──不届き千万!」
彼の杖先が、コーディアに向けられる。先端にブレイザブリクの光が輝き始めるのを確認すると、俺は立ち尽くしているコーディアへと走った。
「コーディア! 逃げろ!」
「ケント君!」
すかさず、総統の横から飛び出したイヴァルディさんが、デッドスパークルを跳ね上げる。
「退散するぞ! 今のままでは、真面にやり合う事なんて出来やしない!」
「分かっています! ユリアも!」
「ええ!」
ユリアとロゼルが俺に続いて来る。総統はイヴァルディさんを薙ぎ倒そうと杖を振るったが、彼は怪我が痛むだろうがお構いなしに側転し、俺たちの方に抜けると共にカリンガを総統とアンセスに向けた。
俺は、ロゼルと共にコーディアの肩を抱く。彼女はぶるぶると震え、今にも床に崩れ落ちてしまいそうだった。
「ヴォーパルスラッシュ!」
イヴァルディさんは剣技を床に放ち、煙幕を立てると同時にスタインズマルケンを納刀した。俺たちは背中にアンセスの怒声を受けながら、本拠地の出口に向かって一目散に駆け出した。




