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『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス⑧


          *   *   *


 点検用通路を(しば)らく進むと、行く手にヴェンジャーズ兵数人が現れた。皆こちらを向いてはおらず、ガスマスクを装着して何かを話している。俺たちは、素早く近くの柱の陰に身を隠し、彼らの話を聴いた。その声はマスク越しで聞き取りにくく、断片的にしか耳には届かなかった。

「フォールンの……は今のところ……正常だな」

「ミスは……が、少し……じゃないか?」

「いや、これ以上弄ると……制御が利いているなら……だろう。下手に……して、取り返しが……たら、東部地域は吹き飛ぶ……」

 何故か、そこだけははっきりと聞き取れた。俺ははっと息を呑み、後方でロゼルやコーディアも引き攣ったような顔で視線を交わし合っている。

(フォールン? 東部地域が吹き飛ぶ?)

 不吉な言葉に、嫌な予感が胸郭の内側で膨れ上がる。アロードが、小声で皆に囁いてきた。

「脅すか? 情報を聞き出して……」

「いや、それは危険だ」ゼドクが首を振る。「奴らの言った通りの作用を起こす絡繰(からくり)がこの先にあったとして、もし奴らに、やむを得ない場合はそれを起動するように、などという命令が出ていたらどうする?」

「じゃあ、どうすれば……」ロゼルが言いかけると、

「決まっている。先に進むべく、あの隘路を除く。……もし賊が、この都に災厄をもたらす種子を蒔いたのなら由々しき事だ。社会の秩序を乱す者どもは、聖なる光を宿しし我が(つるぎ)によって裁く」

 ゼドクは、クリアレストライトを抜きつつ呟いた。俺とコーディアも、デュアルブレードとファントムブリンガーを抜刀する。ゼドクの言った通りかもしれない以上、俺たちが目指すのは短期決戦だ。俺たち三人はコンタクトを取り合うと、変身しないまま一斉に飛び出した。

「うわっ! 何だ貴様らは!」

 ガスマスクの兵士の一人が、狼狽の声を上げる。俺はその兵士を薙ぎ倒すと、剣速を殺さないまま二撃目を次の兵士に繰り出す。コーディアとゼドクも、たちまちのうちに敵を駆逐した。

「ふう……幸い何事もなかったわね」

 コーディアが納刀すると、隠れていたイマジンたちが寄って来る。

「フォールンっていうのが何なのか、早く突き止めよう」

「無論だ。この都に生きる住人の、生命線たる水脈(みお)の最果てに植え付けられし鬼神の正体が、如何なるものなのかを」

 ゼドクは通路の奥に揺蕩(たゆた)う暗闇に向け、剣先を突き出した。


          *   *   *


 間もなく、行く手に工事現場にあるような標識(パイロン)と、それに渡されたコーンバーが現れた。その先は半開きの扉があり、プレートには「Central Control Room」と書かれていた。

「中央制御室、か。多分、ここからガスのパイプラインが伸びて、セイバルテリオ中にガスが供給されるようになっているんだな。場所は……地上だと、丁度ポラリスの真下くらいか?」

 ルクスが言うと、アロードは「嘘だろ」と独りごちた。

「それじゃもし事故があった時、王宮がぶっ飛んじまうじゃねえか」

「私、聞いた事があるわよ。この上は厚さ五メートルの鉄筋コンクリート層と、強化ガラスで守られているんだって。それにしても、って感じだけど、これは王族の確固たる意志の表れだって。王族だからって驕ったり、堕落したりしないように常に気を引き締めておくって。それから職人たちに対しても、間違っても事故が起きないように、手抜き工事は許さないって示す為だとか」

 コーディアが説明してくれる。

「俺たちの入れる部屋はあれだけ……って事は、やっぱりあの中に『フォールン』とかいう装置が?」

 俺は言い、中央制御室というらしい部屋に近づく。しかし、コーンバーを跨ぎ越そうとした瞬間、そのバーが突然、目が眩む程の真紅の輝きを放った。

「うわっ!?」

 俺は慌てて跳び退()く。刹那、半開きの扉から煙のように不定形な白い塊が、シュウシュウと音を立てて四つ湧き出してきた。それは渦を巻き、形を変えると、幽霊(ゴースト)に似た魔物──レヴァナントになる。

「びっくりした!」

「ヴェンジャーズが配置したのだろう。マンホールからであれば、誰でも出入り出来る場所だ。点検の為に業者が入る事も、想定済みだったようだ」

 ゼドクが言うと、コーディアは「なら」とそれを受けた。

「見たところ死んだ人とかは居ないようだし、私たちが最初に入って良かったじゃない。もし何か仕掛けがあるとして、魔物の制御が切れて暴れられたりしても危ないだろうし。行くよ!」

「ああ! トランスフォーム『アロード・ファイヤー』!」

「トランスフォーム『ルクス・フォトン』!」

 俺とゼドクは変身し、一足先に飛び出したコーディアに続く。レヴァナントの特性(スキル)は「潮騒の洞窟」に居たヴォーテックスに似た「気化(ヴェイパライズ)」で、特にここに配置されたものは監視からの解放による能力向上のせいか、俺たちが剣で切り裂いた軌道のみを気化して無効化する、という芸当を披露した。

光輪斬撃破(コウリンザンゲキハ)! ……やはり、アストラル系に対して斬撃系統は相性最悪か」

「ダメージが与えられない訳じゃないわ! 頭部とか、実体が濃い部位を狙えば結構効くはず!」

 コーディアは自分の発言通り、襲い掛かった一体のレヴァナントの頭に横薙ぎを繰り出す。魔物が気化すると、彼女は分離した脳天に体技──左フックを放った。魔物の頭部は破砕し、蠢いていた体も破裂するように散った。

霹靂疾孔穿(ヘキレキシッコウセン)!」

 ゼドクも、縦に並んだ二体のレヴァナントに光線を放つ。胴体の中央を穿たれたレヴァナントは崩れかけたが、二体が溶け合ったところで彼は必殺技を使った。

「ナイトメアスクラッチ!」

「俺も行くぜ! アグレッシヴブレイズ!」

 ゼドクの蹴散らした煙の向こう、口を大きく開け、鋭く実体化した鉤爪をこちらに振り上げつつ咆哮している最後の一体に向かって、俺は跳ぶ。魔物の攻撃が俺に届く前に、こちらの剣技は魔物を真っ二つに斬り割った。

廻鳶脚(カイエンキャク)!」

 回し蹴りを放ち、しっかり(とど)めを刺すと、俺は中央制御室内に着地した。残留する粒子を剣の一閃で振り払うと、納刀する。変身を解除しないままのゼドクと、コーディアが続いて入って来た。

 俺は、三畳程の狭い部屋に、所狭しと並んだ機械類を見る。ボタンがやたらと多いのは、事故などがあった際特定の地区にのみガス供給を停止したりする為だろう。平面の天球図に見立てられたセイバルテリオには星座と同じ八十八の地区がある、と考えると納得が行く量だった。

 そして、部屋に入って正面の壁に、明らかに元からここにあったものではないような外見の機械が取り付けられていた。

 壁を乱暴に穿たれた箇所にはガス管が露出し、それらは(いびつ)で醜怪な、楕円形の装置に繋がっている。傍にはタイマーらしきものもあり、デジタル数字の表示されると推測される8の字のランプはまだ点灯していない。

 現実世界に居た頃に写真で見た核弾頭のようだ、という不吉な連想をした時、ロゼルが「ちょっといい?」と口を挟みながら前に出てきた。

「あっ、不用意に触ると危ないよ!」

 コーディアが声を掛けるが、彼女は「大丈夫」と返す。

「外から様子を見るだけだから。それにこういうものの事だったら、あたしがいちばん詳しいでしょ?」

 ロゼルは屈み込み、装置を様々な角度から検分する。白衣と黒縁眼鏡が相俟って、彼女の姿は本物の科学者のように見えた。

「大丈夫なのかな……」俺が呟くと、

「ロゼルがああ言うなら、任せておいた方がいいわよ」コーディアが言った。「彼女は魔科学についてなら、私よりずっと精通しているから。ガス管の修理とかの事も、ロゼルが居たから私も依頼を引き受けられるようになったのよ」

「へえー、やっぱり誰でも得意不得意はあるんだ……」

 俺は感心しつつ、ロゼルの調査を見守り続ける。(しば)らくすると、彼女は立ち上がって「もしかしたら」と口に出した。

「都市ガスを圧縮する装置かもしれない。物質っていうのは密度が高すぎると原子核が崩壊して、核融合が起こる。その時、物凄いエネルギーが出るの。それで……発生したエネルギーを、内蔵された魔科学兵器に転用するんだと思う。それが炸裂したらまず……」

 彼女の声は、震えていた。

「確かにセイバルテリオは半分が吹っ飛ぶかも」

 俺たちは一様に固まり、ゼドクが質問の為に口を開きかけた時、彼女はそれを手で制し、「しかも」と続けた。

「これ、ガス管に繋がっている。爆発がガスに引火したら、連鎖反応的にどんどん地下で爆発が起こって……もっと被害は拡大する」

「……なるほど。それで、そういう名前なのか」

 ゼドクは納得したように肯き、装置の片隅に刻まれた文字を指差す。

 俺が目を近づけて読むと、そこには「Fallen Seraph」と書かれていた。

堕ちた熾天使(フォールン・セラフ)……」

「ガス漏れが次々に起こっていた理由も分かったわ」

 コーディアは得心が行ったように、腕を組んで唸った。

「ヴェンジャーズは、この『フォールン・セラフ』にガスを流し込もうとして、ガス管を弄っていたんだわ。引っ張ったり、繋ぎ直したりして。でも、彼らは素人で、工事がなかなか上手く行かなかった。それで……」

「破損個所が多数生まれたって訳か」

 いつの間にこのようなものが作られたのだ、と恐ろしくなりながら、俺は装置から数歩後退(ずさ)った。エヴァンジェリアで初めて見るような、大量破壊兵器だった。

「下手に触らない方がいいかも。もし既にガスが圧縮されていたり、いつでもそう出来るように準備がされていたりしたら危険だから」

 ロゼルが言って立ち上がった時、突然外から叫び声が飛んで来た。

「おいガキども! 何をやっている!」

 びくりとし、俺たちは示し合わせたかのように振り返る。そこには、ヴェンジャーズ兵の群れが立っていた。

 俺たちが先程倒した兵士たちを見られたか、と思い、俺は顔から血の気が引くのを感じた。ゼドクもやや動揺したのか、軽く腰を落としたが、すぐにクリアレストライトを構え直して鋭く問いを投げた。

「鬼子よ、堕天せし蛮鳥どもよ、我が問いに答えよ。雑踏と喧噪に身空を定めし有象無象の、命脈の紡ぎ手たる水脈の、その泡沫(うたかた)(みち)の果て、醜悪な絡繰(からくり)を植え付けしは何故(なにゆえ)か」

「何言ってんだ?」

 先頭の兵士は剣を抜くと、空中でさっと素振りした。

「全てを知られた前提で対処するしかないようだな。うち二人は例のブレイヴのようだが、こっちには数の利がある!」

 それを合図にしたように、兵士たちが雄叫(おたけ)びを上げて飛び掛かってくる。次から次へと、と毒吐()きたくなったが、間違ってもこの装置に触れさせては取り返しのつかない事になる。

 俺もデュアルブレードを再度抜き、(いち)早く飛び出したゼドクに続いた。コーディアもロゼルを下がらせ、すぐ後ろを着いて来る。

 下級兵士たちは、俺たちにとってはさしててこずるような相手ではない。だが、最初の兵士が言った通り、敵の数は明らかに多すぎた。俺たちは根性で戦い続け、通路には(しかばね)の山が積み重なった。

「答えろ」

 最後の一人を斬り伏せたゼドクは、その喉元に剣先を突き付けて問いを続けた。

「何故、あのような装置を設置した? 都市機能を停止させるにせよ、ポラリスを抹消するにせよ、もう少しやり方というものがあったはずだ。もしもこの方法が認められれば、魔科学が強力な兵器に転用出来るという事がミッドガルド中に知れ渡る。自衛力という名の威嚇材料が世界中に拡散し……お前たちヴェンジャーズとの抗争も、規模を拡大するだろう」

「その上、魔科学はマナを多く使用するわ」コーディアが付け加える。「魔神族はエヴァンジェリアの滅びを促進する為に、増々強力な魔物を放ち続けるでしょう。本当に、この世界は滅びるわよ」

 言ってから、皮肉っぽく口元を歪める。

「……馬鹿だわ、私。(はな)からヴェンジャーズの目的は、それなのに」

「ああ、その通りさ」

 兵士は、虫の息で血を吐きながらも哄笑した。

「俺たちは世界を滅ぼす、”愚かなる者たち”だ。大量破壊兵器で人が大勢死ぬのなんて、俺たちの望むそのものさ……ははははっ!」

 兵士は言うと、狂ったような笑い声を上げ、やがてがくりと首を倒した。息絶えたのだ、と分かると、ゼドクは舌打ちして首を振り、クリアレストライトを腰の鞘へと戻した。

「……結局はぐらかされちゃったような気がするけど」

 コーディアは、フォールン・セラフに視線を戻すと、腕を組んだ。

「彼ら、本気でこの機械を使うみたいね。まあ、たかが脅しでロゼルに危険を感じさせる程の機械を作ったりはしないか」

「どうするの? もし、近いうちに作動させられるなら……」

 俺が口を出した時、もう一度フォールンを確認していたロゼルが「もしかしたらだけど」と言った。

「ヴェンジャーズは民間人から結成されたし、組織内にそこまで魔科学を極めた人が何人も居る訳じゃない。本職の人が作った訳じゃないからこんなに不格好な作りになったんだし、魔科学兵器を発動させる導火線は簡単に割り出せると思う。……あたしと、コーディアさんが居れば」

「本当か?」

 ゼドクからルクスが分離し、期待と尊敬の込もった目で彼女を見つめた。しかし、ロゼルはすぐに首を振って天井の一角を指差した。

「あそこの監視カメラ、何かおかしい。多分、あれは元々あったものじゃなくて、ガス屋さんや行政じゃない誰かが後から設置したんだと思う。きっと、ヴェンジャーズが……だから、あたしたちが装置の解体を試みたり、おかしな動きをしたら……いつでも彼らは、装置を起動すると思う」

「それじゃあ、やっぱり解除は出来ねえって事かよ? 物理的にじゃなくて、状況的に?」

 俺からの憑依を解いたアロードも尋ねる。ロゼルは(いささ)か居心地悪そうに肯いたが、ルクスがすかさずフォローした。

「まあまあ、でもまだ奴らが、これを使って何をしようとしているのかは分からないだろ? 使うにしても、これだけのものだ、何の告知もなくいきなりなんて事はないと思うし。奴らの出方を見てからでも遅くねえだろ、ここであれこれ議論し合うよりさ」

「ルクス君……」

 ロゼルは、安堵したように息を()いて彼を見た。ルクスは優しく言い聞かせる。

「もし解除する事になった時、俺たちが頼りにするのは君だよ、ロゼル。だから、君も何かあったら俺たちを頼って。こう見えても俺、今派遣されている八人の中じゃいちばんブレイヴと一緒に戦った時間が長いんだぜ?」

 得意げなルクスを見、ゼドクがやれやれと首を振る。しかし彼も、まだこの協力関係については悪く思っていないようだった。

「ありがとう、ルクス君」

 ロゼルが言い、俺たちはそこで中央制御室の外に出た。

 魔物や、更なるヴェンジャーズの部隊が現れないか警戒し、辺りの様子に気を付けて進み、下水道まで移動したところでゼドクが足を止めた。

「未だにヴェンジャーズが、街の注意を引くような暴動を起こしている事が気に掛かる。恐らく、まだガス管の接続に不十分な部分があるのかもしれない。ケント、お前たちが戦う直前の太刀使いも、ここで作業を行っていた連中と言葉を交わしていたのだろう?」

「そう、コーディアは言っていたけど……」

「俺はもう(しば)らく、先程の調査で掴んだ情報を基に探索を行う。街に被害が出るようであれば、賊を裁ききれなかったという事だからな」

「えっ?」ルクスが、拍子抜けしたように彼の顔を見た。「ゼドク、今回はロゼルたちと動いてもいいって……」

「一時的な別行動だ。ケントたちにも、ヴェンジャーズの接触があるかもしれないしな。戒厳令直下で、俺たちは追われている。何事にも効率を重視するという事を、心に留めておく事だ」

「そんなあ……」

 ルクスは名残り惜しそうにロゼルを窺う。ややもすれば、今日から(しば)らくの間は一緒に居られると思ったのかもしれない。ロゼルはやはり、彼の落胆の原因が自分にあるとは思っていないらしく、「残念だけど」と慰めようとした。

 渋々ゼドクに従ってロゼルから離れたルクスに、何とも表白し難い哀愁らしいものを感じつつ、俺は口を開いた。

「宜しく頼むよ、ゼドク。でも、くれぐれも街で見回りを行っているパトリオットを手当たり次第に倒そうとか、一人で無茶はしないでくれよ。今の君は、俺たちと協力関係なんだから」

「……承知した。だが、やはり仲間というものは羈絆(きはん)となりかねんな」

 彼は身を翻すと、「ルクス」と契約者の名前を呼んだ。ルクスはもう一度ロゼルを振り返り、「また明日ね」と名残惜しそうに言ってから、彼の後に着いてドラコ地区方面へと進み出した。

「さて……と。俺たちも」

 ユリアたちと情報交換しよう、と言おうとした時、ゼドクが「忘れていた」と言いながら振り返った。

「どうしたの?」俺は、彼の声色に(いささ)か緊張する。

「お前と愛人も引き続き頑張れ。それを言おうとしただけだ」

「あ、愛人!?」

 何を馬鹿な事を、と思いかけ、すぐにそれがやや古い文学作品に於ける「恋人」の言い回しだと気付く。気付くと同時に、彼がユリアの事を言っているのだと分かって顔が熱を持った。

「違うよ、俺とユリアはそういうのじゃ……」

「そうか」

 ゼドクはまた、何事もなかったかのように歩みを再開する。やはり、彼は何を考えているのかよく分からない人物だ、と思い、俺自身も何やら意味ありげなコーディアたちの視線から韜晦するように歩みを早めた。

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