『ブレイヴイマジン』第6章 ダークネス⑥
「金華萼落剄!」
闇が埋め尽くそうとしていた空間に、弧を描くような軌跡が一筋走る。えっ、と俺が声を漏らした瞬間、シュバルツシルトは空中で動きを止めた。一瞬の後、その首が滑るようにずれ、地面に落下する。魔物の体もまた、力を失ったようにそれに続いて落ち、動かなくなった。
舞い落ちる金色の花弁のようなエフェクトの中、俺の目の前に、剣技を繰り出した人影がふわりと着地する。
「あなたは……!」
鳥打帽とサングラスを着け、灰色のマントを纏った青年を見た途端、俺は驚愕に目を見開いた。青年は悪戯っぽく笑うと、芝居がかった仕草で曲刀斧にふっと息を吹き掛ける。
「”通りすがりの男”が再登場、って訳」
「イヴァルディさん!」
言ってしまってから、俺は咳払いする。
「すみません、デイビル殿下」
「殿下!?」
コーディアが目を剝き出す。彼は笑いながら頭を掻いた。
「イヴァルディでいいってば。ハルバードルズの時みたいに、王族と庶民っていうのは無視してくれ。というか、今の僕にとってはそうして貰わなきゃ困る。最悪命に関わるからね」
「命にって……」
ユリアがあんぐりと口を開けるが、イヴァルディさんは自分が聞き捨てならない事を言ったという自覚がないのか、何事もなかったかのようにコーディアに視線を移すとその手を取って唇を当てた。
「初めまして、お嬢さん。ケント君たちのお友達かな? 僕はイヴァルディです。どうぞお見知り置きを」
挨拶するや一瞬だけサングラスを上げ、美形な顔を覗かせる。
コーディアは警戒したように体を硬直させ、眉を潜めて低く尋ねた。
「王族……なんですか?」
「だから、今はただの”通りすがりの男”だって」
「そういう事を聞いているんじゃないんです! あなたは、ポラリス王宮に居る国王ステファン陛下の、血を引いた息子なのかって事を聞いているの!」
コーディアの突然の剣幕に、俺はびくりとした。イヴァルディさんも、驚いたように口を半開きにする。やがて彼女の手を取っていた腕が、脱力したかの如くだらりと下がった。
「言っている意味が分かりませんか? 喋れているって事はもう、子供の頃の障がいは克服したんですよね?」
「ちょっとコーディア、どうしたの……?」
ユリアが、おずおずと声を掛ける。俺は、何故か喧嘩腰なコーディアが気になったが、イヴァルディさんは彼女の言葉に不意を突かれたように仰反った。
「どうして、僕の昔の障がいの事を?」
「……やっぱり、そうなんだ。デイビル殿下なんですね、あなたは」
コーディアが吐き捨てるように、しかし何処か寂しそうに言った時、イヴァルディさんは我に返ったように頭を振った。
「そうだ、今は僕の事なんてどうでもいいんだ。それより皆、早くここから離れるんだよ!」
「えっ?」
「さっき、ヴェンジャーズ三侯の一人……金髪の男が、HMEで誰かに連絡を取っているのを見たんだ。今、街中にはパトリオットの連中がうろうろしている。もしかしたら、皆を追い詰める為に敵がここに集まるかもしれない。君たちは、この地下水道の中で彼に見つかったのかい?」
「は、はい。ケーンズ地区から来たんですけど……」
「じゃあ、すぐにそこまで引き返すんだ。このままだと僕も危ないから、同行させて貰えるならそうするよ」
イヴァルディさんは言うと、俺たちを元来た方に引き返させようとする。コーディアは数歩歩いてから、もう一度振り返って彼を訝しげに見た。
「確かに皆にとっては、疑問だらけかもしれない。どうして僕がまたこんな事をしているのか、僕が王宮から排除するように言ったはずのパトリオットが、どうして街中に居るのか。それにコーディアさんにとっては、どうして皇太子の僕が、ケント君たちと知り合いなのかって事もだよね」
「それに私……ケント君たちからも、話を聴かないといけません」
コーディアがぼそりと言うのを聞き、俺も思い出した。出会ってからずっと戦闘状態が継続したので、俺たちも何故ロゼルが狙われているのかを始め、ブレイヴフォースの事を説明していない。
「とにかく、ケーンズ地区まで行こう。そこで、僕の事については全部話す。……僕の何が気に入らないのかは分からないけど、コーディアさん。今は協力する事にしようよ。ヴェンジャーズが敵っていう事で、僕も君たちも、立場は同じくしているはずなんだからさ」
イヴァルディさんは言い、少々辛そうな笑みを浮かべた。
* * *
ケーンズ地区に引き返し、ガーディさんと遭遇した事などは住民に不要の心配を与えかねないので省略し、魔物が暴れただけですぐに討伐した、とゼフレアさんたちに説明すると、俺たちはコーディアに案内され、彼女とロゼルが住んでいる家に案内された。
外から見ると薄汚れ、石材にひびも多数見られる小屋のようだったが、それは外側だけであり、内側にはしっかりとした造りの建物が隠されていた。ウルサ・マヨル地区から逃亡し、流れ着いた際、既存の建物の内側に頑丈な壁と柱を二人で手作りしたという事だった。
一度俺たちと冒険を共にしているイヴァルディさんの手助けもあり、コーディアとロゼルへの説明はかなり短く済んだ。話が終わると、コーディアは暫し唇を噛んで黙っていたが、やがてイヴァルディさんに頭を下げた。
「ごめんなさい。何も知らないで、あんな態度を取ってしまって。何も、あなたのせいなんて事はないのにね」
殿下、と付け加えるので、彼は「イヴァルディだって」と訂正した。
「頼むよ。僕が逃げた皇太子だって事がパトリオットにバレたら、セイバルテリオが奴らの手に落ちかねない」
「ポラリスで、何かあったんですか? 俺たちも混乱しているんです、街に入ろうとしたらいきなり襲われるし、戒厳令は出ているようだし……」
俺はコーディアに、先程攻撃的になった理由を尋ねようとし、やめた。それを聞く事で、また彼女がイヴァルディさんを警戒するような態度を取ったら、俺たちも困ると思ったのだ。
代わりに、今度はイヴァルディさんから説明を聞こうとした。イヴァルディさんは外を一度確認し、誰かが聞いている事がないという事を確かめてから、ゆっくりと口を開いた。
「あの時──ハルバードルズで、僕を軟禁していたパトリオットをゼドクにやっつけて貰ってから、僕はケント君たちとの約束通り、政界と軍事からのパトリオット追放を父上……陛下に訴える陳書を書いた。それをパトリオットの目には触れないルートでポラリス王宮に送り、迎えを送って貰った。
だけど、いつの間にかフレイリオスの一件は王宮に伝わって、パトリオットの耳に入っていた。僕が帰るより早く、パトリオットの隊長にして文官たちに対しても発言権を強め、主席顧問官の立場まで上り詰めた魔術師アンセスって奴がクーデターを起こしていたんだ」
「………!」
俺は絶句した。王軍がパトリオットに半ば乗っ取られている以上、ステファン王がパトリオットの反乱に対し、成す術を持たなかった事はまだ納得出来る。だが、何故それ程早くに情報が伝わったのだろう。
しかし、そこですぐに俺は気付いた。
「ガーディさんか……あの時フレイリオスで、ガーディさんが誰かに会っているようだった。俺とアロードは情報収集中にレーナと遭遇したんだから、ギデルが接触を掛けたのかもしれない」
「そっか、あの後私たちは、ハルバードルズの地下神殿でギデルとレーナを撃退した……その事が彼らからフレイリオスに居たガーディにHMEで連絡されていて、もしそこで、ゼドクが駐在大使庁舎を襲っていたっていうニュースの直後にパトリオットが消えていたら……」
ユリアの推測に、俺は肯いた。ガーディさんは逸早く、イヴァルディさん/デイビル王子がパトリオットから解放された事を察知し、先手を打って魔術師アンセスというその幹部に反乱を起こさせたのだろう。イヴァルディさんは王宮に帰ろうとし、更に危険な罠の中へと飛び込んでしまうところだったのだ。もし彼がステファン王と共に囚われていたら──。
と、そこまで考えて俺ははっとする。イヴァルディさんを見つめると、彼は首肯するかの如く微かに顎を引き、話を続けた。
「アンセスは情報を隠蔽した。陛下を幽閉しているという事も、それどころか王宮でクーデターがあった事もね。街でヴェンジャーズが活動しているからって戒厳令を敷けば、王宮の出入りも制限される。国家権力が本気になればどんな事でも隠せるっていうのは、本当の事なんだ。……僕も知らないで、迎えの兵士たち──剣術の修得もした僕の直属たちだよ──と一緒に街に入るタイミングで、襲撃された。
部下たちは、不意討ちで皆殺されてしまった。僕も囚われかけたんだけど、彼らが善戦してくれたお陰で、命辛々追手から逃れる事が出来た。あとは、フレイリオスで養った力の見せ所さ。民間人に紛れて、この一ヶ月間をさっきの地下街で暮らしていたんだ」
彼の話が終わると、俺たちは皆押し黙った。現在俺たちは、ヴェンジャーズの総力を相手にしている。その上で、王宮がヴェンジャーズに乗っ取られているとなると、状況はかなり厳しいようだった。
「まず、あのガーディとの戦いに集中出来る環境を作らなきゃ」
コーディアは低く言った。
「彼は魔神族と契約しているわ。戦いは熾烈を極める事になりそう。その上、彼らに抵抗する私たちを、向こうは合法的に裁く事が出来るんだから」
「魔神族と契約? ガーディさんが?」
俺は驚き、彼女を凝視する。彼女は逆に驚いた、というように、目を見開く俺たちを見つめ返してきた。
「気付いていなかったの? 魔神族との契約は、ブレイヴとイマジンの契約や、ビーストサモナーと魔物とかとは訳が違う。あいつは人間であるにも拘わらず、魔神族にしか使えない剣技を発動させたわ。それだけの大きな力を魔神族から得るには、契約するしか方法はない」
「そんな……ガーディさんが、まさか……」
「ケント君。私、あなたたちが来なくてもいつかはヴェンジャーズと決着を着ける事になるだろうと思っていたの。私個人の問題と、ロゼルの問題とね。だから、今回の事も予定が前倒しになったものと思っている。あなたが助けてくれるというのは嬉しいけれど、あなたとガーディはただならぬ関係みたいだし、大事な時に迷うなら、私はあなたには任せられないって思う」
コーディアは、俺の言葉を遮るようにそう言ってきた。歯に衣着せぬ言い方に、ユリアが「ちょっと」と窘めかけたが、コーディアは「違うの」と首を振った。
「あなたは、ロゼルのフォームメダルを取り戻すにはガーディと戦わなきゃいけないって言ったよね? それなら、覚悟を決めてって事。斬り捨てるだけを『覚悟』って言って正当化したくはないけど……あいつが魔神族と契約して、世界を滅ぼそうとしている事は事実なんだから」
コーディアの台詞は、何か含むものがあるようだったが、その言葉自体は俺自身も考えてきた事だった。
──勇者の始まりは、いつでも小さな勇気から。
彼女の言う”覚悟”は、この状況に於いては勇気と同義だった。だが、俺にこの言葉を教えてくれたガーディさんを、世界の敵として葬り去る決断をする事に、勇気という名は相応しいのだろうか。
「それと、もう一つ」
俺の思考がいつも通りのループに陥りかけた時、シルフィが指を立てた。
「あんたたち、言っていたよね? 最近セイバルテリオのあちこちでガス漏れが起こっていて、調査に入った先でヴェンジャーズ兵たちが、何かガス管に作業を行っていたって。それについても、気掛かりじゃない?」
「対処しなきゃいけない問題、山積みだね……」
ロゼルが、やや弱気な声を出す。コーディアは、彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「殿下……じゃない、イヴァルディさんの言う通りなら、私たちは今から、罠に飛び込もうとしている。そのまま、直接ガーディを探して戦おうとするなら、ね。まずはその要因となり得るものを、一つずつ排除して行かなきゃ。街中を練り歩いているパトリオットとか、不安要素のガス管とか」
「コーディアさん……」
「心配しないで、ロゼル。私が今までこなしてきた仕事、ちゃんと分かっているでしょ? それに今は、お友達も居るじゃない」
「そう……だね」
ロゼルは、アロードとシルフィに期待の込もった目を向ける。アロードはぴくりと眉を動かしてから「まあ、任せときな」と言い、シルフィは余裕綽々、といった笑顔でピースサインを出した。
「時間がどれくらい残されているのかが分からないから、二手に分かれる事にしようか。僕とユリアさん、シルフィさんでポラリスに行き、陛下を救出する。王の言葉として、王宮がパトリオットに乗っ取られた事、彼らがヴェンジャーズの分隊である事を告げて貰えば、街中で人々が動くだろうから。庶民は確かに、軍人の戦闘力には及ばないよ。でも、彼らは団結した時、何物にも代えがたい力を発揮する。立憲君主制の、高度な民主主義の敷かれたミッドガルドを統治者の傍で見ていると分かるんだ、王様はきっかけを与えるだけで、どんな政策や制度を定めても、実際に動くのは人民なんだって」
イヴァルディさんは言い、俺たちを向いてから続けた。
「ケント君とアロード君、コーディアさん、ロゼルさんは、セイバルテリオの……特にポラリスの周りでガス管を調査して、ヴェンジャーズが何を行っているのかを確かめて欲しい。コーディアさん、君はもう何回か、ガス漏れの調査と修理をしているんだよね?」
「まあ……確かに、ケーンズとかコロナ・ボレアリスとか、レオとかの王宮周辺からの依頼が結構あったけど。私はあくまで便利屋だし、近くで私の事を知っている人が依頼を持って来るんだから当然でしょ。私なんかに頼まなくても、本職のガス屋さんは居る訳だし」
「それでもだね。幾らパトリオットがヴェンジャーズの暗躍に関わるような情報を統制をしていたとしても、建前上王宮には異常なしって事になっているんだ。その周りで重大事故に繋がりかねないガス漏れが頻発しているってなれば、彼らもニュースを発信しなきゃいけないよ。そして僕は少なくとも、郊外に近い区域でそれが起こったっていう話は聞いていない」
「………」
コーディアは数秒間沈黙したが、やがて「まあいいや」と言った。
「調べれば分かる事だもんね。それに、ガス漏れが危ないのは何であれ同じ事だし、それにヴェンジャーズが関わっているなら止めなきゃ」
「分かりました。じゃあ、お昼の後で取り掛かりましょうか」
ユリアがイヴァルディさんに言うのを聞き、皆一斉に、思い出したかのように時計をさっと見た。
時刻は既に、午後三時五分前となっていた。皆それぞれの事情で昼食が後回しになっていた事を思い出すと、誰からともなくお腹を押さえた。
腹が減っては戦は出来ぬ、というのは、蓋し核心を突いた言葉だった。




