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『ブレイヴイマジン』第5章 サンダー⑭


          *   *   *


「言い訳はしないけど……集落の皆を守りたかったっていうのは、本当の事さ」

 俺たちが「潮騒の洞窟」に入った岬から、山肌を伝うようにして山上に上昇しながら、フィアリスは淡々と言った。

「皆が思っている通りさ。本当は、ケントが最初に山の集落に現れた時には、既にヴェンジャーズは来ていたんだ。だけどここにはもうセルナは居ないって言ったら、あのガーディって奴が……ブレディンガルから逃げ出した訳ではないのなら、彼女を引き渡せって。そうじゃなきゃ、集落の住民を皆殺しにするってまで脅された。だからあたしも、祖父ちゃんも、命の選択をした」

「もし……それで、セルナを守ろうとしたスティギオが死んでも?」

 俺が尋ねると、彼女はグライダーの紐をぎゅっと握り締めた。

「元々、皆で殺そうとした男だからね。でも……さっき、目の前でスティギオたちがやられて分かったよ。幾ら山の皆を守る為だからって、その為に誰かを切り捨てるなんて、やっぱりあたしは……!」

 彼女の言葉は切実で、俺は改めて、彼女はやはり根っからの悪人ではないと分かった。出来る事なら、彼女の事も、彼女の大切に思う山の猟師たちの事も救いたいと思った。

 それにはやはり、セルナのフォームメダルを取り戻してヴェンジャーズの目論見を挫き、彼らをこの街から追い出すしかない。

(一人でも死者を出したら、俺たちの負けだ)

 俺は思い、その瞬間今までのユリアの表情や仕草が一気に脳裏に蘇った。幸せそうな笑顔、責任を背負った凛々しい姿、寂しそうな瞳。俺の手を取ったり、好きだと言ってくれたりする事。それに……

(もう一回、ケント君って呼んで欲しい)

 彼女は、俺の名前を呼んでくれた。それが、俺と彼女を繋げてくれた。友達として呼び合える事が、大多数にとってはごく当たり前かもしれない事が、俺にとってはどうしようもなく特別で、愛おしい事だった。

 絶対に助ける、と心の中で呟いた時、フィアリスが崖の上に着地した。

「ここまでで五分。まだまだ時間はあるね」

 彼女は言い、森の奥を指し示す。

「ここからならほぼ一直線だ、往復二十分で戻って来られる。でも、当然魔物は出るはずだ。あんた、変身しないでも戦えるかい?」

「俺は……」刹那の逡巡を経、俺は肯いた。「戦える……と思う。アロードのもの以外で剣技は使えないけど、動きなら俺も覚えているし」

「重畳。あたしも、雑魚だったら出来る限り倒すように心掛けるけどね。そうしている間にも時間はどんどん経っていくんだから、出来ればあんたが一人で戦えるんだとしたら」

 フィアリスが呟き、歩き出した時だった。

 突然、山道の茂みの中で、ガサガサという音が激しく響いた。俺とフィアリスは足を止め、それぞれの得物(えもの)に手を掛けて音源を睨む。

 ()らすかのような速度で、茂みから五体の魔物が姿を現した。その姿を見た途端、俺の足がぶるぶると震え始める。それは、威圧感によるものだった。四足歩行でありながら、二メートルはあるかと思われる体高。筋肉で引き締まった格闘家のような体躯。前脚の先にある拳はハンマーのようで、外見は猿のようでありながら頭には捻じれた二本の角すらも生えていた。

「イェズターグ……」

 フィアリスの発した声は、掠れていて(ほとん)ど聞き取れなかった。

「何だって?」

「この山に住む、最強の種族さ。超凶暴で、こいつを見たら狩るよりも先に逃げろって、山の猟師たちの間じゃ徹底されているんだ。危険度はSクラスで、確認されている個体数は少ない」

「それが、こんなに群れているのか……?」

 俺は、イェズターグというらしい魔物たちとフィアリスの間で、絶え間なく視線を彷徨させた。フィアリスは首を振る。

「でも、目撃情報が少ないのにも訳があるんだ。それは……姿を見た人間が、ほぼ生きて帰れないから。雷属性で、こいつらに増えられるとここら一帯の山は、全域を危険地帯に設定しなきゃならない。セルナがフォームメダルを奪われた後で皆が気を張り詰めているのも、こいつらが居るからなのさ」

「そんな奴が、どうしてこのタイミングで……」

 俺はぞっとしたが、思考を停止する事だけはしなかった。

 ユリアたちを助けるには、血石の採取が必要不可欠だ。だが、俺にはその石の形状が分からない。となれば、選択肢など残されていない。

「フィアリス、俺がこいつらを食い止める。血石の事を知っているのは君だけだ、採掘は君に任せたい」

「……大丈夫なのかい?」

 フィアリスは、心配そうに目を細める。俺の不安も薄らぐ訳ではなかったが、このままでは確実に命を落とすのは、俺ではなくユリアたちなのだ。

「何とかする」俺は、顔を引き締めた。「今は変身出来ないけど、俺がブレイヴだって事に変わりはないんだから」

「分かった。くれぐれも気を付けるんだよ」

 フィアリスは答え、予備動作を(ほとん)ど見せずにイェズターグたちの足元に滑り込んだ。敵は、スライディングしてきた彼女に向かって拳を振り下ろそうとしたが、

「お前たちの相手は俺だ!」

 俺は叫ぶと、デュアルブレードを居合の要領で魔物たちに振るった。イェズターグたちの前腕に傷が生じ、五対の眼光が一斉に俺へと照射される。

「ガアアアッ!」

 ターゲットが俺に移ると、俺はすかさず路傍の茂みへと駆け込んだ。が、すぐに足を滑らせ、その場で足踏みする。木々が密集しているのでよく見えなかったが、道を外れたその木立は斜面となっていた。

 背後でイェズターグたちが木々を薙ぎ倒す音が聞こえ、俺は迷っている余裕はないと判断した。斜面を滑り降り、木の影に身を隠すようにしながらジグザグに走り回って敵の錯乱を狙う。

 剣技も使えず、身体能力の向上も期待出来ない今の俺は、現実世界に居た時と何も変わらない高校三年生だ。ブレイヴという肩書きが、アロードが居て初めて成立するものである事は百も承知だった。その状態でSクラスを叩くなら、一体ずつ孤立させて相手をするしかない。

 イェズターグ五体は、俺の姿が見えない事に苛立ってか、俺が先程まで遮蔽物にしていた木を次々と薙ぎ倒しながら追って来る。足音が一つ減り、二つ減り、段々敵が俺を見失っている事が分かる。

 そしてその足音が遂に一つになった時、俺は振り向いた。巨大な猿は、土煙を上げて近づいてくる。改めて恐怖が湧き上がるのを感じたが、それはギアメイスの村で最初に戦闘を行った時、ジャバウォックを相手にした時の恐ろしさに通ずるものがあった。

「はあっ!」

 裂帛の気合いと共に、俺は剣を突き出す。飛び掛かって来るイェズターグが宙に舞った時、俺はその胴体の真ん中を刺し貫いた。

「ガアアアアアグルルルッ!!」

 魔物の拳も爪も、懐に入り込んだ俺には届かなかった。だが、転倒した魔物のその重量は、それ単体で十分に攻撃としての役目を果たしていた。

 イェズターグの巨躯が、俺に覆い被さるように傾倒してくる。俺は素早くデュアルブレードを抜き、体を転がすようにして横から滑り出る。息絶えたイェズターグから離れ、俺は再び駆け出す。また新たな一体の駆ける地響きが接近し、俺は内臓が竦み上がるのをありありと感じた。

 具現化された死が、追い駆けてくるような恐怖。しかし、そのプレッシャーに負けた時は、命の尽きる時だ。

 俺は木の陰に隠れると、次なる敵の接近を待った。喚きながら走って来たイェズターグが横を通り過ぎようとした時、渾身の力で剣を振るいつつ、不意を突いて飛び出す。覇山焔龍昇ハザンエンリュウショウの構えで斬り上げを行う。が、今度は側面から斬り掛かったので、敵の腕に傷を付ける事しか出来なかった。

「ガアッ!」

 イェズターグはこちらを向き、反撃を開始する。短くも鋭い爪が振り抜かれ、俺がガードする間もなく左半身を掠める。視界の左半分に鮮血が飛び散ったのが見え、俺は絶叫しそうになる口を懸命に閉じた。

 思えば、これ程出血したのは初めてだ。今まではブレイヴとしての身体能力と各部のプロテクターのお陰で、剣で斬られる痛みはあってもそこまで深い傷は生じなかった。痛く、手に力が入らなくなる。

 だがその時、先程見たユリアの血塗れの姿が浮かび、俺は奥歯を食い縛った。

 彼女は、今の俺の何倍もの痛みを受け、そして死に瀕している。俺がこの程度で立てなくなるのは、あまりにも情けないではないか。

(このまま殺されて……堪るか!)

 俺は再び斬り上げ、イェズターグの心臓を狙う。魔物は吠え、今度は意図的に俺に()し掛かってこようとした。

「ウガアアッ!」

 肉の綻びた肩口に、思い切り噛みつかれた。首は(かろ)うじて避けられたが、牙は鋭く肉へと食い込んでくる。それまで痛みを感じていた部位が突然消えるのを実感し、食いちぎられたのだと気付いた。

「畜生……っ!」

 出血で、意識が飛びそうになる。だが俺はそれに耐え、敵の胸板に向かって左拳を固めた。

盾通拳(ジュンツウケン)!」

 旅の途中で魔物が行っていた体技を、見様見真似で再現したもの。だが、それはしっかり体技として認識して貰えたようで、光エフェクトの軌道がイェズターグの胴体に吸い込まれるように収斂した。

 ビシンッ! という鋭い音と共に、魔物が大きく仰反(のけぞ)る。すかさず右手の剣を振るい、斬撃を行う。俺たちは縺れ合うような姿勢で、地面を転がり回った。辺りに、双方の血液が飛び散って鉄のような血の匂いが充満する。これに釣られ、残りのイェズターグや他の魔物たちが寄って来ないだろうか、と不安になり、すぐさま「冗談じゃない」と否定した。

(雑魚敵に負けてゲームオーバー? そんなの、あっていいはずがない!)

 俺は、懸命に剣を振り続ける。やがて力を使い果たしたようにイェズターグがぐったりと横に倒れた時、こちらのベージュ色のコートは真紅に染まっていた。切り裂かれた左半身からは血が滴り続け、噛みちぎられた肩からの出血は特に酷い。だが、まだ終わる事は出来ない。

 俺は痛みを堪え、三体目の足音のする方へと駆け出した。三体目は巨大な枝を拾ったらしく、それで俺を潰しに掛かった。

「ウギャアアアルルルッ!!」

「やめろーっ!」

 俺は、現れた三体目の持つ枝をデュアルブレードで受け止め、その隙に相手の腰へ廻鳶脚(カイエンキャク)を繰り出す。幸いにもクリティカルヒットとなり、三体目のイェズターグが怒声を上げて転倒した。

 その腹に、俺は逆手に振り上げた剣先を全力で突き刺す。しかし相手も諦めず、先程俺が使った盾通拳(ジュンツウケン)で俺を何度も殴り、首元に爪を食い込ませた。

「……っ」

 意識が遠のくのを感じる。死に際のドーパミン過剰分泌の為か、痛みも感じにくくなってきている。考えられるのは、ここで俺が力を抜き、剣を抜いたら、すぐさまイェズターグに殺されてしまうという事だけだ。

(アロードが居れば)

 考えないようにしていた事が、ふと頭を(もた)げた。

(アロードが居てくれたら、こんな魔物、すぐに倒せるのに……)

 この世界に来てから、今日でもう三十七日目だ。先程からずっと、油断はしないように、と自分に言い聞かせていた。しかし、それでも自分が、これ程非力だとは思いもしなかった。

 自惚(うぬぼ)れていた。全ては、アロードが居てくれたからこそ出来ていた事だった。そして、ユリアが常に傍に居て、支えてくれたから。俺のように今まで剣を振った事などない人間は、一人で戦う事など出来ないのだ。

(俺は……一人に慣れすぎていたんだな)

 ちらりと、そのような事を思った。

 目標を定め、一心不乱に努力した事。受験は団体戦だ、などと言われ、心の中で密かに「挑む時は一人だ」などと思いながら、いつしか俺は、一人で努力する自分に酔っていたのかもしれない。そして、一人では敵わない事、それが自分以外の誰かとなら敵う事の喜びを知り──。

(それは絶対、俺だけの力なんかじゃないのに)

 仲間たちの顔が、次々に浮かぶ。俺が俺である為に、必要な存在。友達。誰よりも大切な人々。それを救う為に、俺は今こうして乗り越えるべき壁に突き当たっているのだ。

 ここで負ける訳には、絶対に行かない。

 俺は覚悟を決めると、剣を抜いて思い切り後方に跳躍した。イェズターグの爪が胸元の皮膚を思い切り剝がし、血飛沫(しぶき)が飛んだが、構っている余裕はない。

 剣を構えると、俺はふっと息を吐き出した。

 この世界の剣技は、技として成立しているものであれば、本人が経験を積めば誰でも使用する事が出来る。恐らく世界の(ことわり)が、トリガーとなる動作(モーション)を読み取って発動させるのだ。ならば──それがアロードの技だったとしても、何度も自分のものとして繰り出してきた俺なら。

 ──行ける。

 根拠のない確信が広がった時、イェズターグは起き上がり、正拳突きのような構えを取った。飛び込み、反撃を喰らう事なく一撃で仕留める必要がある。俺はもう、恐れなかった。

「アグレッシヴブレイズ!」

 俺がその構えに入った時、デュアルブレードはそれに応えてくれた。

 刀身から炎の柱が立ち昇り、巨大な(やいば)となる。それは向こうの制空圏に俺が入るぎりぎりのタイミングで、イェズターグの胴体を深々と斬り割った。魔物は声を上げる間もなく炎に蹂躙され、倒れる。

 その動きが止まった時、俺もがくりと地面に這い蹲った。

 体に負荷を掛けすぎたらしい。傷口は更に開き、血がバシャバシャと零れる。口からも、何度も血液の塊が溢れ出した。

 早く、次の相手を探さねば。そう思った時、残り二体が唸り声を上げながら姿を見せた。

「ガルルルルウッ……!」

 敵が来る。早く向かわねば。俺がもう一度立ち上がろうとした時、

遡行砕星弩(ソコウサイセイド)!」

 火矢が降り注ぎ、背後から二体を貫く。イェズターグたちは無数の矢に射抜かれ、何が起きたのか分からないような表情を浮かべると、ばたりと倒れた。その背後からフィアリスが現れ、腰から袋を取る。

「ケント! 採って来られたよ、血石! これで皆を助けられる……って、ちょっとあんた!」

 彼女は満身創痍の俺を見ると、はっと口を押さえて駆け寄って来た。

「大丈夫かい、ケント!? やっぱり、イェズターグを一気に五体なんて……」

「ああ……俺は大丈夫だよ。でも……血を止めなきゃ。少し、休ませて欲しい」

 俺の声は、ほぼ聞き取れないくらいに掠れていた。フィアリスはそんな俺を見、慌ただしく薬草や包帯を取り出す。自分のせいでもないだろうに、ずっと「ごめんね」と言い続ける彼女を見ながら、やはりフィアリスは心の優しい少女なのだ、と俺は思った。

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