『ブレイヴイマジン』第2章 ウィンド⑪
* * *
「ユリア、大丈夫……?」
ヴェンジャーズの生き残りが、一人で逃げ出したレーナを追うように窪地から引き揚げて行くと、グリム団長たちは俺たちの周りに集まってきた。ユリアが微かに目を開けたので、俺は声を掛ける。
「ありがとう。ケント君って、本当に優しい」
彼女は起き上がると、近くで同じように倒れているシルフィを起こした。
「お疲れ様、シルフィ」
「痛ててて……今日はヤバかったねえ、ケント君とアローちゃんもお疲れ」
シルフィが言うと、アロードがまじまじと俺の顔を見つめた。
「ケント、何かいきなり強くなったな。俺が中心になって攻撃した場面が、前より一気に減った気がするぜ?」
「俺、無我夢中だったんだ」俺は呟いた。「何が何でも、リビィとヴァレイの繋がりを切らせちゃいけないって思ってさ。そしたら、有り得ないくらいに力が湧いてきたんだ。あれ、アロードの力じゃなかったんだね」
「私の言った通りでしょ」
ユリアは頰を染め、歌うように言った。
「ケント君はどんどん強くなって、私を守ってくれるようになるって!」
俺は、あのアグレッシヴブレイズを繰り出した自分の手を見つめた。見慣れた掌が、いつもよりも大きく感じられた。
──勇者の始まりは、いつでも小さな勇気から。
何度も繰り返したその言葉は、俺の中に小さな勇気を発芽させたのだろうか。
俺は、勇者たり得るのだろうか。
「ケント君、さっきすっごくいい事言ってたよね。人と人との繋がりを奪わせない為に戦い続ける、って」
シルフィに言われ、俺は自分の台詞にやや気恥ずかしくなった。
「あれは……リビィを見てたら浮かんだんだよ。彼女たちの深い愛情を知って、ヴェンジャーズは今回みたいに、人の絆を壊そうとする、だから絶対に止めないといけない、ってね。そして、そんなリビィに応えて、ヴァレイはブレイヴフォースを破ったんだ。人の絆って凄いんだな、って思った」
俺は、自分に言い聞かせるように呟く。
「俺、友達が居なかったから、今まで分からなかった。信じようとも思えなくなっていたんだ。ましてや、愛なんて現実で見る事もなくて……でも、そういうのも悪くないなって」
「ケント君……?」ユリアが、はっとしたように目を丸くした。「もしかして、ギアメイスに来る以前の記憶が?」
「あ、いや」俺は自分の設定を思い出し、慌てて手を振る。「ただ、そう思っただけだよ。友達とか、愛とか」
「何キャラだよ、ケント!」
アロードが、揶うように背中を叩いてくる。
「お前にはもう、俺たちが居るだろ?」
「……そうだね」
俺は自然に微笑み、それに、と内心で思った。
(この戦いの、本当のMVPは俺じゃない)
少し離れた場所に居る、リビィとヴァレイに視線を向けた。
その時、俺の笑みが無意識のうちに凍りつき、消えた。
「リビィ……?」
俺は駆け寄り、跪いている彼女の足元を覗き込む。後ろから、仲間たち三人も続いてきた。リビィは俺たちの接近に気付くと、こちらに顔を向けた。
その顔は、微かに戦慄いていた。
「ヴァレイが、目を覚まさないの」
俺たちは、一斉に呼吸が止まったような気がした。リビィの足元で仰向けに寝かされているヴァレイは、眠るように目を閉じている。その瞼や唇が、動いている様子は確認出来なかった。
「気を失っているの? それとも、疲労困憊して眠っちゃった? ブレイヴフォースの効果が、まだ残っているとかは?」
言っているうちに、彼女は段々悲しそうになっていく。
「もしかして、私のせい? さっきの変身の時、無理にでもヴァレイを止めていれば良かったの? スパロウ兵長に力を搾り取られ続けて、消耗した彼を……私が、最後に……」
「リビィ……」
ユリアが、彼女の肩を抱く。涙が、頰を伝うのが分かった。
「まさかヴァレイ、死んじゃった訳じゃないよね……?」
「………」
俺は、何と声を掛けたらいいのか分からなかった。グリム団長らも、彼女に近づく事を躊躇っているらしい。辺りに、重い沈黙が降りた。
困惑していると、徐ろにアロードが進み出、ヴァレイに近づいた。
「ヴァレイ起きろ! いつまで寝てるつもりだ!」
「うるさいな!」
刹那、不機嫌そうな声と共にヴァレイが跳ね起きた。
「怒鳴らなくても起きるってば!」
彼は暫しアロードを睨んだ直後、はっとした表情になって辺りを見回す。
「あれ……? 僕、寝てたの?」
「ヴァレイ!」
リビィが、堪えられなくなったかのように涙を流し、彼に抱きついた。その肩に頭を預け、嗚咽を漏らす。ヴァレイの目が見開かれた。
「えっ、ちょっと、リビィちゃん!? 待ってよ、ねえ! どうしたの!?」
ヴァレイは戸惑っているようだったが、すぐにはっとした顔になった。頰を上気させ、目から大粒の涙を零しながら、リビィの頭を自分に引き寄せる。
アロードは、やれやれというように俺たちに囁いた。
「イマジスハイムに居た頃、毎朝こいつの事起こしてたからさ。こいつは俺が不良だって嫌っていたみてえだけど、俺の声で起きなかった事は一回もねえんだ」
「良かった……本当に良かったよ……!」
リビィはそれから暫らくの間、泣き続けていた。そしてヴァレイは、彼女が泣き止むまでずっと、その頭を優しく撫で続けていた。
* * *
リビィが泣き止み、ヴァレイに状況を説明すると、彼は言った。
「リビィちゃん。今日は本当に色々、心配掛けてごめんね。何て、お詫びしたらいいかな?」
「お詫びなんて、しなくて大丈夫だよ。私たちの仲なんだし、昨日まではヴァレイが私の事、助けようとしてくれた。ブレイヴフォースに、その後の戦いに、本当にヴァレイは頑張ったと思う。私こそ無茶な戦い方をしたのに、こうしてあなたは戻ってきてくれた。それが私には、何より嬉しいから」
彼女は言うと、ヴァレイと一緒に立ち上がり、俺たちを見た。
「ケント君、ユリア。イマジンの二人も。この二日間、本当にありがとう。皆が居なかったら、私とヴァレイ、どっちかは諦めていた。この終わり方には、辿り着けなかった」
「いいのよ、リビィ」
ユリアはにこりと笑い、リビィの手を握る。
「私たちこそ、作戦に協力してくれてありがとね。お陰で、世界は滅亡から一歩、遠ざかる事が出来た。この一歩は大きいよ」
「僕は……」
ヴァレイは、自分の中にある勇気を確かめるように、胸に手を当てた。
「まだまだ未熟だし、ケントやユリアみたいに、世界の事までは手が届かないかもしれない。だけど、こうしてメダルが戻って、また魔物をコントロール出来るようになったんだから、自分に出来る事を少しずつ頑張ってみるよ。リビィちゃんくらいは、僕が幸せに出来ると思うから」
ずっと一緒に居てね、と彼が言うと、リビィは満面の笑みで肯く。
「何か、プロポーズみたいになってるよ」
シルフィが突っ込みを入れ、皆が笑った。
俺も嬉しい気持ちになってきた。これで、行方不明のルクスを除いた七人のイマジンのうち、残りは四人だ。
ゲームが始まって最初の頃、といってもたったの五日前の事だが、俺は不安でしかなかった。異常事態が修正される気配が見えない時、あまりにもエヴァンジェリアが現実に似すぎていた時、この世界での死が、現実にも反映されるかもしれないと分かった時。俺は、遊びは所詮遊びで、俺のような人間が本物の勇者になる事など出来ないと思った。
だが、今俺は幸せだった。希望も、確かに生まれた。
俺には──俺にだって、救える世界があるのかもしれない、と。




