『ブレイヴイマジン』第1章 リアルデスゲーム⑩
* * *
「いよいよ来ましたね、ユリア様……」
ヴェンジャーズが完全に引き揚げて行くと、村人たちは丘の麓に、俺やユリアを取り囲むように集まった。シルフィもいつの間にか茂みから出てきており、俺から分離したアロードは俯きながら彼女の傍に立っていた。
村人たちは、存在の明かされていなかった二人目のイマジンに、疑念の込もった眼差しを向けていた。屋敷からガレット村長とシギンさんが現れ、動揺の声を上げる彼らを宥めようとした。
「これで、アロード様の事までを敵に知られてしまいました」
シギンさんが言うと、村人の中から声が上がった。
「元々、村にイマジンが二人居たという事ですか?」
「ヴェンジャーズは、それを調べる為に村を襲ったんですか?」
「何で、私たちに隠し事を?」
「何故私たちに知らない事を、敵は気付いていたのですか?」
遠回しではあったが、皆ユリアや村長を責めているような口調だった。襲撃で、幸いにも死者は出なかったようだった。だが、槍で突かれたあの人を含めて重傷者は三人出ており、損壊した建物も多かったらしい。
ユリアはぐっと堪えるように俯いていたが、そこでアロードが叫んだ。
「じゃあ、俺とシルフィは村に来る前に、メダルを奪われていれば良かったっていうのかよ!? 俺が居なくとも、ヴェンジャーズはシルフィを狙ってきっと村を襲っていた。お前ら、シルフィまで否定する気なのか? 今まで誰に、村を守って貰ってきたと思ってんだよ!」
「アロード」
ユリアは、声を荒げる彼を窘める。アロードも我に返ったらしく、「悪りい」と小声で謝罪を口にした。
「でもまあ、アローちゃんの言う事も事実よね。ユリアちゃんがブレイヴの契約を交わして、村にとっての守りの要になった事は、ある意味諸刃の剣みたいな事でもあった。村で大々的に存在を明かして、襲って来る魔物とは戦えるようになったけど、ヴェンジャーズにあたしたちの居場所を教えてしまう事にもなった。あいつらは、きっとアローちゃんが居なくても来ていたはず」
シルフィは、難しそうに考え込みながら言葉を紡ぐ。村人たちの、焦燥から来る苛立ちのような騒めきは段々静まってきた。
「あいつら、きっとまた近いうちに私を狙って来る。私を殺さないと、二人のメダルは回収出来ないから。……私がここに居続けたら、ギアメイスの村は崩壊しちゃうかもしれない」
ユリアは、小さな声で呟いた。その声に決意のようなものを感じ取り、俺ははっとして彼女の横顔を見つめた。
(ユリア、君はまさか……)
「村を出て行く、などと言い出すつもりではないだろうな?」
村長が、俺の気持ちを代弁するかのように彼女に問い掛けた。イマジンたち二人はそれを聴くと、俺と同様驚愕を浮かべて彼女を見つめる。村人たちの騒めきが、そこで完全に静かになった。
ユリアは暫し逡巡するかのように俯き、唇を噛んでいたが、やがて心を決めたように強く肯いた。
「そのつもり。シルフィとアロードを保護したのは、私だから。もし二人が居る事で村に危険が及ぶなら……及ぶんだとしても、私は二人を放り出す事は出来ない。二人と一緒に、敵の目を引きつける」
「待ってよ、それって……」
俺は、シルフィたちの方を見る。それは彼ら二人をも、危険な場所に連れ出すという事ではないか。それに、ユリア自身も今の生活を捨てる事になり、今よりずっと負担も大きくなるに違いない。
しかし、シルフィは俺のそんな思考を読んだように、「心配するな」というかの如く俺の肩を軽く叩いた。
「あたしは、それならユリアちゃんの決定に従うよ。せっかく、こんな素敵なブレイヴと出会えたんだからさ。離れたくないし、ユリアちゃんがあたしたちの為にそこまでしてくれるなら、従わない方が失礼でしょ」
「でも……」
「村の事なら大丈夫。これは皆にも言っておく事だけど、ヴィラバドラは討伐したから。Sクラスが新しく湧くには時間が掛かるだろうし、当分村が危なくなる程の魔物は再出現しないと思う」
「俺も従うぜ」
アロードは、ちらりと俺の方を見た。
「ケント。最初は俺、お前の事気に食わなかったけど……さっきヴェンジャーズに立ち向かった時、俺と最初に契約したブレイヴがお前で良かったって思ったよ。ほんの少しだけどな」
「アロード……」
「お前の行く道が俺たちと違うなら、俺は無理を言ってお前との契約を続ける訳には行かねえ。短い間だったけど、世話になったよ」
「待って下さい!」
村人の先頭に宿屋の女将が、話に割り込んできた。俺は集まった村人たちを見回したが、ガーディさんはいつの間にか居なくなっていた。
「村の外に出たら、いつ何処に危険が潜んでいるか分かりません!」
「いけませんユリア様!」
他の者たちも、焦燥の滲む声で再び叫び始める。今度は糾弾や猜疑はなく、皆純粋にユリアを引き留めたくて声を上げているようだった。
「行かないで下さい!」
「危険な事はおやめ下さい!」
「もしユリア様に何かあったら……」
ユリアは拳を握り締めて足元に視線を向けていたが、やがてきっと顔を上げて立ち上がり、反論した。
「じゃあ皆は、村が滅んでもいいの!?」
毅然とした顔は、数秒と持たずにくしゃりと歪んだ。見えないように目を擦っていたらしく、目の縁がやや赤みを帯びている。
「ヴェンジャーズは、絶対に私からフォームメダルを奪い取るまで諦めないよ! 何度も攻めて来られたりしたら……何処で”間違い”が起こったって、おかしくないじゃん……!」
語尾が震える。涙が一滴、頰を伝い落ちた。彼女にとっても、長年生活してきた村を離れるのは辛い事なのだろう。
俺は何と声を掛けていいのか分からなかったが、そこでガレット村長が徐ろに立ち上がり、彼女の両肩を掴んで自分の方を向かせた。
「ユリア、お前だけの覚悟では済まないんだ。魔物の被害は依然解決しない。今、村を守れるのはお前しか居ないんだぞ」
「シルフィが言った通りよ。昨日のジャバウォックや、今日のヴィラバドラみたいな上位の魔物は、もう暫らく湧いてこない」
「だけど、それも永遠ではない。時間が掛かったとしても、いつかは湧く」
「……それなら」
彼女は目尻の涙を払うと、強く宣言した。
「私が村を出て、ヴェンジャーズに奪われたイマジンたちのフォームメダルを奪還する。それから、行方不明になったルクス・フォトンも探す。そうすればヴェンジャーズの注意を私に向けられるし、世界も再生に向けて動き始める。村を襲う魔物だって……大人しくなるかもしれない」
「誰が何と言おうと、こいつは行くよ」アロードは言った。「そういう奴だから、今までだってこの村の為に戦ってきたんだろ」
彼は俺の方を向くと、手を差し出す。
「返してくれ、フォームメダル。俺、また頑張るからさ」
「………」
俺は、アロードのメダルを取り出した。掌の上に置き、二度俺とアロードを繋いだその縁を眺める。本当にこれでいいのだろうか、と思った。
ユリアが、誰が何と言おうと旅立つ事は俺にも察しがついた。そして、そうしなければいずれ村が滅びを迎える事も。シルフィやアロードも、フォームメダルを取り戻すという彼女の旅を是非実現したいに違いない。
機能を喪失したイマジンを抹殺するという「ヤークト」の存在を語った時のアロードの目を、俺は思い出した。
(俺は……)
俺はアロードのブレイヴだ。それに何より──俺の友達になってくれたユリアを、放ってはおけない。
「契約は、続けさせて貰うよ」
区切るようにはっきり言うと、アロードは顔を上げた。「お前……」
「俺も、ユリアと一緒に行く。だから、ブレイヴで在り続けようと思う」
「ケント……君……」
ユリアは俺の名前を呼ぶと、そこでまた顔を歪めた。頰を上気させ、溢れてくる涙を両手の甲で拭いながら、無理矢理口元を綻ばせる。その口から何度も、「ありがとう」という言葉が零れ出した。
村長や村人たちは黙り込んで俺たちの様子を見ていたが、やがていちばん最初にシギンさんが溜め息と共に肩を落とした。
「ケント君にそこまで格好を付けられては、私たちも彼の勇気を無駄にする訳には行きませんね。……村長」
「ああ」
ガレット村長は重々しく肯くと、娘の背中に腕を回した。
「ケント君が一緒だというなら、私としてもいつまでも不安でいる訳には行かないだろう。お前は小さい頃からじゃじゃ馬娘だが、それでもやり遂げるべき事はやり遂げてしまう」
「お父様……」
「信じているぞ。お前は、私の娘なのだからな」
その目が潤んでいるのは、俺の気のせいではないようだった。ユリアは声を詰まらせながら何度も肯き、ひしと父親に抱擁を返した。体を離した時、彼女はもう泣いてはいなかった。
「じゃあ……行ってきます」
ユリアは言い、こちらを見た。俺と、視線がそっと絡み合う。
俺は無言で肯くと、村の外に続く轍の道を見据えた。
冬の乾いた薄雲越しに、太陽がこちらに光を投げ掛けてくる。それが、先行きの見えない俺たちを今だけは庇護してくれているかのように見えた。