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『ブレイヴイマジン』エピローグ

 窓から差し込んだ淡い光が、俺の瞼を開いた。

 外からは、自動車と風の音が聞こえている。俺は起き上がると、眩しさに目を細めながらカーテンを開けた。遠くで、何か音が鳴り続けている、と思い、寝()(まなこ)でそれを探り当てる。

 目覚まし時計の音だった。止めようとし、デジタル画面に表示された日付が目に入る。

 十二月二十一日月曜日。『ブレイヴイマジン』の体験会に参加した翌日。あの百一日という時間は、やはりこちらでは止まった時間、世界全体が知覚出来ない一瞬の間に詰め込まれた出来事だったようだ。

 こうして実際に止まった時間が可視化されると、俺はまだ、現実が信じられないような気がした。俺の体験していた日々は、長い、果てしなく長い夢だったのではないか、と疑えてしまいそうな程に。

「……ありがとう」

 俺は、最後に何度も言われ、また自分も何度も言った言葉を口に出した。

 その瞬間、抑えようもない感情の奔流が込み上げ、俺は狂おしい気持ちで一杯になった。脳裏に、ユリアの姿がカットバック的に映し出される。

 また会いたい。俺から、彼女が俺に言ってくれたのと同じだけ、何度も好きだと言いたい。またあの笑顔を見たい──。

 感傷から目を逸らすように、時刻の方に視線を移した俺はぎょっとする。午前八時二十五分、余程疲れていたのだろう、眠っている間に何回も無意識のうちに止めてしまい、ここに至ったのだ。

 両親は、どちらも朝早くから仕事に出ていた。起こしてくれなかった事について、文句を言う訳には行かない。

 俺は制服に着替え、鞄を持って階段を駆け下りた。トースターに食パンを突っ込むと、洗面所に駆け込み、顔を洗う。戻った頃には既に焼けていたので、それを口に咥え、玄関に直行。すぐさま、通学路をバス停に向かって走り出した。

 自分は今から、確かめに行くのだ、と思った。

 この胸を震わすものが、決して夢ではなかったという事を。


          *   *   *


 教室に駆け込んだ時、既に授業は始まっていた。

「遅刻だぞ!」担当教諭が注意するが、その言葉が途中で止まる。無我夢中で駆けて来たので、その空白が俺の意識を戻してくれた。

「永野……体調は、良くなったのか?」

 俺は我に返ると、慌てて教室を見回した。

 突如駆け込んで来た、長い間欠席していたクラスメイトを見つめる生徒たちの顔、机、椅子、掃除用具ロッカー。今までと、何も変わっていない。その”何の変哲もない”という事が、心の底から安堵を湧き起こした。

「現実だ……本当に、現実に戻ってる。皆も、先生もそのままだ……良かった、俺、やっぱり戦いに勝ったんだ!」

 湧き上がる喜びと共に、俺は独りごちた。

「永野、お前……何を言っているんだ?」

 少々引き気味な先生の言葉に、俺はびくりとする。恐る恐るクラスメイトたちを見ると、彼らは皆ぽかんと口を開けていた。

 俺はたちまち気恥ずかしくなり、慌てて背筋を伸ばす。

「あっ、すみません先生! 続けて下さい!」

「もういい、とにかく体調不良は治ったんだな? 早く席に就け」

「はいっ!」

 俺は、自分の席に向かいながら思った。

 どんなに散々な日々だったとしても、俺はやはりこの世界で生きていける。

 何気ない日常の一コマが、こんなにも愛おしく思えるのだから。



(ブレイヴイマジン・終)

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