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『ブレイヴイマジン』第8章 ラストバトル⑫


          *   *   *


 俺は、闇の中を漂っていた。もう、あの落下感は感じられない。時が静止したかのように穏やかで、柔らかさすら感じる暗黒の中を、俺は、自分の体を浮かせている力の(まにま)揺蕩(たゆた)っていた。

 頭のすぐ近くに、誰かが降り立った感覚があった。そちらを見ようとすると、俺はいつの間にか回転し、既にそちらを向いて立っていた。足元には、確かに立っている感覚がある。

「ケント君……いや、永野健斗君」

 言ったのは、イマジン・ルーラーだった。エターナル・フリーズを施されたフロントワールドで会った時と同じく、黒い長外套と仮面を身に着けている。俺はその姿を見ると、無我夢中で尋ねた。

「ガーディさんは!? 彼は、どうなったんですか!?」

 それに俺も、今何処に居るのだろう。ルーラーの姿が見えているという事は、死んでしまった訳ではないはずだ。だが、これも今際(いまわ)(きわ)に見ている夢などではないと、誰が証明出来るだろう?

「君は、まだ命を落とした訳ではないよ」

 ルーラーが、刻み込むようにゆっくりとそう言った。

「ガーディは確かに、私たちにとって倒すべき存在だった。しかし、彼は最後の最後で──君を、ヘルヘイムから押し出した。そうでなきゃおかしいだろう、彼は君に、フロントワールドで生きるように言ったんだ。それなのに、自分と共に封印させるような事をしたら」

「じゃ、じゃあ……」

「私は、君が世界系の狭間で崩落に巻き込まれる寸前、エヴァンジェリアへ派遣するのと同じ術式で引き上げた。亜空間に閉じ込められた彼らにも、ちゃんと帰還出来るように、これから出口を開く。だがガーディは……」

 最後まで聴くよりも前に、俺は頰が濡れるのを感じた。封印は成し遂げられた、世界は救われた。頭ではそう分かっているはずが、涙は止まらなかった。

「何で……何で彼が、そんな事に……確かに、彼は大勢の勇者を殺して、何度もエヴァンジェリアを破滅させようとしました。だけど、俺たちが勝つ事が出来たのは、彼のお陰です。俺がこうして、生きていられるのも……」

「健斗君」

 ルーラーは、俺の肩に手を置く。

「君たちは、最後にディアボロスを倒した。封印するだけじゃなくね。世界の(ことわり)そのものに、人の意思で勝利したんだ。今、ヘルヘイムを動かすルーラーは居ない。またいつかは、マルチバースの意思として発生するのかもしれないけれど。だから、彼はきっと戻って来られる。エターナル・フリーズしたあの世界で、彼だけは自由なのだから」

「本当……ですか」

 俺はしゃくり上げる。ルーラーは、大きく首肯した。

「また、彼に会えますか?」

「きっと、会いたい時に。そうなるように、私も精一杯、神としての力を使う事を約束する。君は、彼と勇気を介して、心を繋いだのだから」

「ルーラー……」

 また嗚咽が込み上げ、俺は袖で目を拭う。

「もう一度、君には謝らなければならないね。そして、ディアボロスを倒して世界の破滅を回避してくれた事に、心から感謝を示したい。アポストルとしての役割から、君は解放された。もう、帰れるよ」

「はい……だけど、俺……まだ、皆に言い残した事があります」

 俺は言うと、闇の中を見回した。

「ちゃんと、笑顔でお別れする。その約束を、果たさせて下さい」

「……君は本当に、私たちの世界を愛してくれているんだね」

 ありがとう、とルーラーは言った。腰を折り、深く頭を下げたまま、何度もその言葉を繰り返す。段々その声が濡れてくるのが分かり、神様であっても涙を流す事があるのだな、と思うと、不思議な安心が込み上げた。

 彼の姿が消え、辺りがまた完全な暗闇に包まれる。そこから、浮かび上がるように出口らしき光が現れた。俺がこの世界に来た時のようだ、と思っていると、突然背後から温かなものに包まれた。

「ケント君!」

 俺は一瞬だけびくりとし、すぐに右手を上げて、俺の肩に回された手に触れる。振り返ると、ユリアがそこに立ち、俺を抱き締めていた。俺もまた、渾身の力で抱擁を返す。俺がこの世界から消えるまで、そうしていたかった。

 彼女の背後に、他の十七人が立っていた。皆、喜びと寂しさを半分ずつ飽和させたような表情で、俺を見つめていた。

「ケント君……」

 シルフィが、僅かに寂しさの成分を強める。俺は、微笑みながら答えた。

「そんな顔しないでよ、シルフィ。俺は、もう大丈夫だから」

 ここで、沢山の事を学んだ。気付けなかったもの、見ようとしなかったものに、しっかりと目を向ける事が出来た。それは、これから俺が生きる場所がここではなかったとしても、俺自身に勇気をくれると思った。

 ──勇者の始まりは、いつでも小さな勇気から。

「ケント」アロードが、一歩俺の方に進み出てくる。「お前もな、俺たちに数えきれねえ程、色々な事を教えてくれたんだぜ。ここに居る全員、お前に繋がれたんだ。お前が来て、世界は大分変わった。……俺、お前が俺のブレイヴで良かったよ。本当にありがとな」

 彼に手を差し出され、俺はそれを強く握り返す。ユリアが、俺の肩越しに、亜空間からの出口を見た。俺も微かに顔を向けたが、その光は、先程よりも弱まっているように感じられた。

「皆も、急がなきゃ。そろそろ、時間が切れる」

 俺は言った。

「皆で、地上の人たちに教えてあげて。世界が救われた事、そして……アポストルの俺が、確かにここに居た事も」

「分かった」リビィが、最初にヴァレイと共に進み出た。「私、ケント君が居なかったらあの時、自分かヴァレイ、どっちかを犠牲にしなきゃならなかった。一緒に戦ってくれて、本当にありがとう」

「ありがとう、ケント。元気でね」

 ヴァレイも言う。二人は俺と擦れ違い、光の中へと去って行った。続いて、アスターク、マティルダ、シェリカが続く。

「他世界のアポストルと友達になれた事、僕の誇りです」

「ケントさん、私を魔法使いにしてくれて、ありがとうございます」

「あたしが二人と一緒に居られるのは、ケント君のお陰だよ」

 俺は、一つ一つの言葉を噛み締める。ジーゼイドさん、タイタスは、

「あなたのお陰で、無事私は仕事を続けられる」

「こうしてジーゼイドともっと仲良くなれたのも、俺がイマジンを続けていられるのもな」

 それぞれそう言い、出て行った。

「俺はケントに、過去の(わだかま)りを解消して貰った。ありがとな」

「うち、今とっても幸せだよ」

「向こうでも、ケントらしく居るんだよ」

 これらはスティギオ、セルナ、フィアリスの言葉だ。

「お父さんの事、本当にお世話になったわ」

「街も世界も、いちばん先頭で守ってくれてありがとう」

「忘れないでくれよ、僕みたいな”通りすがりの男”の事もさ」

 コーディア、ロゼル、イヴァルディさんの言葉。

「俺、今まで作らなかった分、友達を沢山作る。ケントも、そうしてくれ」

「浮気するんじゃないぞ、ユリアが居るんだから」

 と、ゼドクとルクス。アロードとシルフィは、殊更(ことさら)に感情が募って言葉が出ないようだったが、まずシルフィがアロードの肩を揺すった。

「アローちゃん、泣いちゃ駄目! 笑顔でお別れするって、約束したんだから」

「泣いてねえよっ、俺!」

 アロードは激しく首を振り、顔を拭うと、わざと冗談めかして俺の額を小突いた。

「ブレイヴ、探し直しじゃねえか! だけど、俺は楽しかったぜ。お前っていうブレイヴが居た事は、俺、絶対忘れねえからな」

「……俺もだ、アロード」

 ありがとう、と言いながら、俺は彼にフォームメダルを返した。彼はそれをしっかり握ると、堪えるような表情のまま速足で駆け出して行く。シルフィはそれを見て、泣き笑いのような顔になった。

「ユリアちゃんの事は、あたしに任せてね。もっともっと磨きを掛けて、でも絶対他の男に渡したりなんてしないから。……一緒に冒険出来た事、一生の思い出にするからね。ありがとう」

 彼女が出て行くと、その場に残ったのは俺とユリア、二人だけになった。

 最後に残ったユリアは、俺にキスをして言った。

「生きていく世界が違っても、私はケント君を想い続けるよ」

 皆の後を追うように光の方へと向かい、最後にもう一度振り返った。

「大好き、ケント君」

「俺もだよ、ユリア」

 俺が心から返すと、ユリアは笑顔で光に包まれた。それが消え、辺りが完全に闇に包まれると、俺は目を閉じた。

 俺がゲームだと思っていた、エヴァンジェリア。フロントワールドにはない剣技があり、魔法があり、魔物も居た。現在の科学では説明のつかないような因果律で動いていた。究極の非日常だった。しかし、根本的に何かが違ったのかと問われれば、俺は「何も変わらなかった」と答えるだろう。皆命は一つだったし、俺と同じように悩んで、苦しみを抱えて、それでも明日を願っていた。

 またいつか、皆に会えるだろうか、と思った。

 フロントワールドに於いて、ルーラーのような神様の存在は、何千年と掛かっても証明される事がなかった。けれど、確かにこうして、世界を渡り、決して交わる事のない人々と心を通わせる(すべ)はあった。

 俺は、今度は自分の足で、彼らに会う為に走るのだろう。

 重ね合った、それぞれの生きる理由を自ら埋める時。それぞれの世界というロールプレイングゲームを、精一杯に冒険する時。思い出は約束となり、永遠に果たされ続ける。

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