『ブレイヴイマジン』第8章 ラストバトル⑨
『七族を皆殺しにし、エヴァンジェリアを我が世界の因果律に組み込む。優良世界の我々からすれば、貴様らは蚤以下の存在だ』
「戯言を……!」
ジーゼイドさんが、自分の目を覆う。しかし、視覚を直接脳に送られている以上、情報収集の端末を封じたところでそれは消えない。
『我々は、存在を許されぬ悪ではない。マルチバースの理によって、個々の世界に来るべき破滅をもたらす災厄の化身、地震や噴火を生物の手で止められぬのと同じ事だ。それを、貴様らは否定するのか』
「………!」
皆、無言で歯を食い縛る。畳み掛けるように、文字は続いた。
『貴様らは、何を求めている? ガーディを倒し、果たされるべき秩序の遂行を否定する事を選んだ貴様らは、何を望んでいる?』
「俺は……俺たちは……」
俺が言いかけた時、ディアボロスが俺に向かって足を踏み出した。先程、最後に攻撃を叩き込んだのはユリアたちだったが、正面に居る俺が優先的に狙われている。魔王の知覚が、段々正確になりつつあるようだ。
彼の纏っていた黒いオーラが、また復活した。足の運びが次第に早くなり、しまいには宙を駆けるような大股になる。俺が相殺の為に技を発動した時、魔王の剣が叩きつけられた。ガーディさんの使っていた技の如く、空中に白い光の軌道が走ったが、それは攻撃手段ではなく武器の加速に使われたらしい。衝撃の付加されたそれは、メンテナンスしたばかりのデュアルブレードに亀裂を走らせた。
まだ、魔王はそこまで弱っていない。それどころか、どんどん地上に適応しつつある。まだデュアルブレードの役目は終わっていないのだから、最後まで持たせねばならない。
俺は剣を労わる為、後方に跳んで鍔迫り合いを脱した。抜き足を定め、もう一度隙を作ろうと、また自分から飛び出そうとする。しかし、そのタイミングでまた視界に赤い砂嵐が現れた。
『みっともなく足掻いた末に、生に固執して得るものとは何だ?』
俺が、虚像とは分かっていながらも振り払うべく剣を振った時、ディアボロスは次の攻撃を仕掛けてくる。
『自分の命だけだというなら、それは』
防御する間もなく胸甲を薙がれた俺は、衝撃が肺を圧し潰そうとするのを感じて噎せ返った。体温に熱せられた二酸化炭素が、塊となって吐き出されるのが分かる。アロードの回復によって復活していた胸甲だが、薄手であるだけにまた大きな亀裂を作られてしまった。
ディアボロスは、こちらの世界の理すらも熟知しているようだった。言葉がこちらで視覚化されている事を見抜き、それを物理的に、俺たちの行動を阻害する為に使ってくる。
俺は更に蹴りを喰らい、射撃を行うフィアリス、マティルダのすぐ目の前に飛ばされる。彼女らは俺を悲鳴のような声で呼ぶと、
「スプラッシュ!」「遡行砕星弩!」
それぞれ水飛沫と火矢を放ったが、ディアボロスは当然のようにそれをオーラで防いだ。固まっている俺たちをまとめて倒してやると言わんばかりに、剣に真紅の炎を纏わせた。
アグレッシヴブレイズよりも太く、長大なその炎の柱は、魔王が剣を縦に振り下ろした瞬間そのまま刃となってこちらに向かって来た。
これは、耐久値が限界に近づいた俺の剣では防げない。マティルダの水属性魔法でも、初歩的な技では焼け石に水だろう。俺は頭を上げ、立ち尽くす彼女らに逃げろと叫ぼうとした。
その時、横からスティギオが俺たちの前に割り込んできた。
「ブリンク・ヴェスティージ!」
ドカーンッ! という、火薬庫に落雷でもあったかのような轟音が空気をびりびりと揺らした。ジグザグに走った軌道は斜め上から炎の刃を貫き、爆散させる。
ディアボロスが足を止め、スティギオは苦しそうながらもはっきりとした声と口調で言った。
「俺たちは、皆この世界が好きだ。それは、アポストルのケントだって同じだ。彼は世界を救うという役割を果たしたら、故郷の世界に帰る。本当の英雄となった後で、たった一人でだ。だが俺たちは、これからもケントの存在した世界で生きていく。だから、さよならは皆で笑ってしたい。それが、理由にならないか?」
「それにね」
アスタークは、彼の横に並ぶ。
「僕たちは、ケントさんと一緒に勝ち抜く為に、着いて来たんだ。ここで僕たちが一人でも負けたり、お前に世界を滅ぼさせたりする事は、ケントさんとの約束に反する事になる」
「スティギオ……アスターク……」
俺は、小さく二人の名を口に出した。
俺の想いも、言葉も、受容も、皆に届いていた。それだけで、約束は果たされたように思えた。しかしそれは、俺の果たすべき約束でもある。
「それにね」ユリアは、虚像を払うようにさっと手を振った。「ケント君は、この世界で生まれた訳じゃないのに、誰よりもこの世界の事を考えてくれた。シャイなところもあったけど、両手を最大まで広げて、その全てを守ろうとしてくれた。だから、出会って初めての時、魔物に倒されてしまった私を助けてくれたし、村に危険をもたらす魔物の退治にも協力してくれた。今回の作戦でもこうして皆をまとめて、ヴェンジャーズの人たちまで守ろうとして──私たちが、倒すしかないって思っていたガーディにすら、心の救済を目指した」
「ユリア……」
俺は、災厄そのものであるディアボロスに叫ぶ彼女の名を呼んだ。ユリアは微かにこちらに微笑み掛けると、レジーナソードを握り直した。
「私、そんなケント君が好き。彼が彼だから、私は愛したの。そして、ケント君が愛する世界を、私も守りたい。だから、あんたを止める! スピニングマリン!」
それに合わせて、スティギオ、アスタークも双方向から動いた。
「カタラクト・ボルト!」
「亜空飛貫!」
渾身の剣技をスティギオに防がれていた魔王は、技後硬直が解けた後もたじろぎで動きが止まっていた。そこに二人同時の攻撃が叩き込まれ、大きく仰反る。また一時的にディアボロスの防御が解除され、視覚を制限されていた仲間たちも次々に彼らに続いていく。
俺は、仲間たちへの感謝で一杯だった。それを闘志に変え、仲間たちと同じように魔王へと向かって行く。俺の感情に呼応してか、憑依したアロードの力も燃え上がり、どんどん俺の身に流れ込んでくるようだった。
「行くぜ! 灼炎界破刹!」
魔王は、防御を復活させたり剣技で迎撃したりなどし、俺たちに対抗したが、想いの力とはこれ程強いものなのだろうか、と感じさせる程に、最初のやられっ放しの空気は一変していた。誰かが剣技で、魔王の攻撃を防ぐ。その一瞬で、別の誰かが防御から飛び出た腕にダメージを入れる。それでオーラが解除出来れば、今度は皆で包囲網を狭め、攻撃する。
魔王は更なる未知の攻撃を連発したものの、仲間たちは見事なチームワークでそれを防ぎ、反撃に繋げていった。三十分程、そうして俺たちの優勢は続き、魔王の体力をかなり削る事が出来た、
しかし、魔王もやられてばかりはいなかった。
「ヴォオオオオオオオッ!!」
あるタイミングでゼドクの剣技が叩き込まれると、魔王は、昨日俺が聞いたのと同じ凄まじい雄叫びを上げた。纏う黒いオーラが燃え盛るように立ち昇り、俺たちは本能的に警戒し、敵と距離を取った。
視界の赤変が起こり、また文字列が現れた。
『下等種が災厄を前にした動きにしては、なかなかのものといえる』
だが、それだけで自分を倒せると思うのか。
語られないその言葉が、俺はその後に続くように直感した。
ディアボロスは咆哮をやめると、徐ろに剣先をリビィに向けた。自分に向かって来るかと判断し、彼女はエムロードハンターを下段に構える。しかし、ディアボロスはその場に足を留めたまま、
「ヴォオアッ!」
その剣の先端から、紫色の稲妻を伴う赤黒い渦を放った。一度その技を目の当たりにしているリビィはあっと声を上げ、直ちに跳躍回避しようとする。
が、遅かった。彼女は、半身をその奔流に呑まれ、布を裂くような悲鳴を上げて倒れ伏した。ユリアが彼女を助けようと飛び出しかけると、すかさず第二射が発射される。今度はゼドクが素早く動き、霹靂疾孔穿でそれを横から撃ち抜いた為、奔流は途中で爆ぜて彼女らに届く事はなかった。
「オフランド・オウ・ネアン!? 何で、ディアボロスが……」
リビィは、信じられないというように掠れ声で呟いた。
虚無への供物、ブレイヴフォースの秘奥義。イマジンたちの力を無属性エネルギーへと転換し、放出する技。それが何故、ディアボロスに使えるのだろう。ブレイヴフォースという技術自体、つい最近になってレーナが確立させたものに過ぎないというのに──。
「そっか……そういう事ね」
ユリアが、険しい顔でそう言った。俺が視線を向けると、彼女は手を広げ、皆に向かって話し始める。
「イマジンが司るのは、この世を構成する八属性。その属性エネルギーを捻出して一箇所に詰め込み、特異点のようなものを作るのがこの技の本質。ディアボロスは、イマジンと同じように大量の属性エネルギーを持っているはず。だって……ヘルヘイムを統べる、支配者なんだから」
その時、三度目の発射が行われる。次に狙われたのはコーディアだった。彼女はガードの構えに入るが、俺は経験上、それが防御不能の攻撃である事を知っている。駄目だ、と叫ぼうとした瞬間、渦は炸裂した。
コーディアは、渦を真っ正面から受けてイヴァルディさんの方へ押し流される。イヴァルディさんは素早く飛び出し、彼女を抱き止めようとしたが、縺れ合って仰向けに倒されてしまった。コーディアが衝撃加速度を以て壁に叩きつけられるような事はなかったが、それによって先程ディアボロスに斬りつけられていたイヴァルディさんは、潰れたような音と共に血を吐いた。
「イヴァルディさん……!」
「コーディアさん、無事かい……? 僕の事は、心配しないで。この前ギュスターヴにやられた事を思えば、こんなの……!」
彼は、えいやと気合いを入れ、身を起こす。コーディアはもう一度お礼とお詫びを口にしながらそれに倣おうとしたようだったが、
「えっ?」
彼女は、倒れた姿勢のまま掠れた声を漏らした。どうやら、彼女が自覚しているよりもダメージが大きかったらしく、即座に起き上がる事が出来ないらしい。イヴァルディさんはそれを見ると、彼女の前に出、魔王を牽制するようにスタインズマルケンを向けた。
しかし魔王は、彼に次の攻撃の矛先を向けようとはしなかった。その剣先は──俺に向かって、真っ直ぐに伸ばされたのだ。
アポストルである俺が死んだら、皆は恐慌に陥り、その後絶望するだろう。ディアボロスはここに居る全員を殺し、地上に出る。そうなれば、ルーラーがリセットを行ったところでディアボロスには通用しないのだから、状況は何も変わらない。文字通り世界が終わる。
リーチと範囲は分かっている。ガードは不能でも、俺のスピードなら直前で回避する事は可能だ。絶対に成功させよう、と思い、射出のタイミングを見切るべく俺は目を凝らした。
その時、広間の入口から声が響いた。