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『ブレイヴイマジン』第8章 ラストバトル⑦


          *   *   *


 翌朝。アーチェスレリアの上空は黒雲に覆われ、雷鳴がひっきりなしに鳴り響いていた。俺とユリアがテントに戻り、眠った後で何が起こったのか分からないが、ガオケレナの葉から紫色の瘴気のような気体が噴出している。葉が呼吸する度に、それは排出されているようだった。

 大気を満たしているというエーテル。それが、魔王ディアボロスのマナ転換作用により、魔物とは違い地下から直接干渉を受け、吐き出される時点でマナと化しているらしい。

 これがアーチェスレリアから世界中に広がった時、災厄は始まる。猶予はもうないようだった。

「何だよケント、大事な話って?」

 直ちに作戦に入らねばならない為、俺はすぐに全員を集めた。しかし、戦いに入る前に、俺は昨夜ユリアに語ったのと同じ事を、皆にも伝えねばならないと思い、こうして場を設ける事にした。

「今更だけど、俺は記憶を取り戻した。そして、俺が本当はこの世界の住人じゃないって事を、ここで打ち明ける。ルーラーが異世界から呼び寄せる、アポストルの事は知っているよね? 俺は、そのアポストルとして呼ばれた存在だった。ガーディさんも、その他多くの存在もそうだ」

 ゼドクとユリアには話していたが、それを初めて耳にした仲間たちは(ざわ)めいた。予想していた反応ではあったが、やはり電撃的すぎたのか。話をどう続けるべきかまた迷いが萌しかける。

「なかなか、信じられない話だな」イヴァルディさんが呟いた。「っていう事は、僕たちは今まで何度も、ケント君と同じアポストルと一緒に冒険をしたって事? あのガーディとも……」

「俺も、皆がイマジン・ルーラーやアポストルについては、存在以外どれくらい知識を持っているのか、分からないんです。でも、もしその能力について知っている事があれば、俺の話も本当だって思って貰えるはずです」

「……なるほど、ですね」

 マティルダが呟き、皆の視線が彼女に集中する。

「万象に働く時間を止める『エターナル・フリーズ』、そして世界を巻き戻す『リセット』……私たちや周囲の人々、世界で起こっている現象全てが同時に、同じ分だけ止まったり巻き戻ったりすれば、それは何も起こっていないのと同じように観測されますもんね。起こった事を、証明する人が居ない……」

「だけど、確かに起こりはするんだ。俺やガーディさん、エヴァンジェリアの外側に居る者たちはその影響を受けないから、変化を観測出来る。しかしもう、ルーラーに募られた勇者は俺で最後だ。またリセットされる前に、エヴァンジェリアがヘルヘイムに取り込まれれば……もう、ルーラーの力は作用しない」

「……確かに、マティルダ嬢の言う事が事実なら、辻褄は合っている」

 ジーゼイドさんは肯くと、俺に向き直った。

「だが、ケント君が今、それを明かす理由は? 私たちは、あなたが何者であっても着いて行く。そう、誓ったはずだ」

「俺は……」一瞬呼吸を整え、それから口に出した。「皆、ごめんなさい! 今日までずっと、言えずにいた! 俺は、ディアボロスから世界を守ったら、元居た世界に──フロントワールドに、帰らなきゃいけないんだ!」

「それって、お別れするって事……?」

 シルフィが、鋭く息を吸い込んだ。頭を上げ、俺は重々しく肯定した。

「そうだよ。だから今日は、俺がブレイヴのケントで居られる、最後の時間なんだ」

「そんなの、あんまりですよ!」

 声を上げたのは、アスタークだった。

「それじゃあ僕たち、世界を救う為に集まった僕たちは、お別れする為に出会ったようなものじゃないですか!」

 認めたくありません、と言うと、彼は声を詰まらせた。彼の声が出なくなると、スティギオがその後を継いで絞り出す。

「俺たちは、ケントの呼び掛けに応えて集まった、お前が最初から、その役目を負っていたなら当然の事だったんだ。それなのに……滅亡から救われた世界に、そのケントが居ねえなんて……!」

「ケント君、君がそのフロントワールドという世界で、どんな人生を歩んできたのかは分からないけれど」イヴァルディさんが、一歩俺の方に足を踏み出した。「ずっとこの世界に居る事は、出来ないの?」

 彼のその一言が引き金となり、皆は次々に叫び始めた。

「そうだよ、ずっとここに居てよ!」

「居てもいいんだよ!」

「お別れなんて嫌だ!」

「行かないで!」

 彼らの、涙に濡れた顔を見ているうち、俺もまた視界が滲み出した。昨日から、もう涙は流し尽くしたのではないか、という程泣いた。泣いてばかりだな、と思うと、尚更目の前の景色が溶けていくようだった。

 しかし、今度の涙の理由は、誰かとのお別れが寂しいからというだけではなく、何か別の感情も含まれているような気がした。

 少し思考を巡らせ、その正体が分かる。

 皆が、俺の為に泣いてくれている。それは、皆が俺の事を大切な存在だと思ってくれている証だ。フロントワールドでの俺は、優等生という肩書きに固執し、皆も俺が掲げたそれだけを見ていた。そんな俺の、俺自身という存在に対して、居なくなって欲しくないと、これ程沢山の人が泣いているという事実が、俺の心の深い場所を震わせたのだ。

 俺の居場所は、一つ以上存在してもいいのだ、と悟った。

 ユリア、アロード、シルフィ、ゼドク、ルクス。

 リビィ、アスターク、マティルダ、イヴァルディさん、ジーゼイドさん、スティギオ、フィアリス、コーディア。

 ヴァレイ、シェリカ、タイタス、セルナ、ロゼル。

 ゲーム──仮初(かりそめ)だと思っていた世界で出会い、決して偽りではない友情で結ばれた仲間たち。俺は、彼らを刻み込むように胸に拳を当て、目尻をそっと拭ってから言った。

「ありがとう、皆」

「私、ケント君が帰る場所の事、尊重する」

 ユリアは言い、皆を見回して言葉を紡いだ。

「皆の心の中にあるケント君の思い出を、もうリセットさせたりはしないから。それが、エヴァンジェリアの(ことわり)を司る神様だったとしても。そうすれば、私たち皆の胸の中で、彼は居続けるでしょ。何処に居たって、私たちは繋がっていられるはず。私は、そう信じるわ」

 彼女の言葉が浸透していくに連れ、皆は段々と静かになっていった。

 ゼドクは「それじゃあ」と言い、世界樹を見上げた。

「世界がリセットしないように、勝つしかないな」

「ああ、行こう」

 俺は、リーダーとしての最後の言葉を発した。

「戦いを終わらせる為に。笑顔で、お別れ出来るように」

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