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『ブレイヴイマジン』第1章 リアルデスゲーム⑨


          *   *   *


 峠道を下っている途中で、俺は異変を感じた。

 村から、何かものが焼けるような異臭が漂ってくる。風向きが変わった瞬間、微かに煙のようなものも目視されるようになり、俺たちはぎょっとして一瞬歩みを止めてしまった。

 真っ先にユリアが、岩山の影から飛び出して村を見下ろした。彼女が立ち尽くすのを見、不吉な予感を感じながら俺もそれに続く。

 村のあちこちでは、火薬が炸裂したのか小さく火の手が上がっていた。灰色の軍服を纏った兵士たちが剣を振り回し、逃げ惑う村人たちに襲い掛かっている。それは、昨日(少なくともこの世界では)から見てきた長閑(のどか)な村と同じ場所とは信じられない程、趣を異にしていた。

「何だこれ……どうなっているんだ……?」

 俺は、唖然として呟く。その時、ユリアが小さく言った。

「ヴェンジャーズ……私を狙っているんだ。シルフィのフォームメダルを奪おうとして……もしかしたら、アロードがここに居るって事にも、勘付いているのかもしれない」

「えっ? あいつらが、ヴェンジャーズなのか?」

 俺が聞き返した時、ユリアが突然岩山を滑り降りた。俺はあっと叫び、咄嗟に彼女の後を追う。イマジン二人も続いてくるが、ユリアは

「シルフィとアロードはそこに居て!」

 と叫んだ。しかし、二人とも止まらない。

「そんな事言ってる場合かよ!」

 屋敷の裏手を抜け、丘を駆け下りると、惨劇の様子がよく見えるようになった。俺の目の前に、昨日俺が村の名前を尋ねた最初の男性が走って来る。その後ろから、ヴェンジャーズの兵士が追って来て剣を一閃する。

 俺は、自分で意識する間もなく飛び出していた。

「やめろーっ!」

 男性と兵士の間に割り込み、腕を掲げる。振り下ろされた剣が、俺の腕を深々と斬り割るのがスローモーションのように見えた。

 血飛沫(しぶき)がドバッと噴き出すのを目視した数秒後、激痛が脳天まで突き抜けた。

「うわああああっ!」

 俺は悲鳴を上げ、横ざまに倒れ込む。心臓がドクドクと脈を打ち、それに呼応するかのように傷口が疼く。恐ろしい程の速度で血液が排出されていくのを、俺はただ呆然と見つめた。

 今、実際に斬られた痛みが脳に送られたのだ、と分かった。サイコドライバーは、ショックを起こさせる程の痛覚をも再現する。という事は、心臓を貫かれたり、頭を潰されたりした時、現実の肉体には何が起こるのだろう?

(ショック死……する?)

 俺は、そんな事を思っていた。根拠などはないが、動物的な本能が現状を危険だと警鐘を鳴らしていた。

 また不具合か、感覚ニューロンへの信号出力が異常値に設定されているのか、と思ったが、その時今まで『ブレイヴイマジン』で経験してきた異様ともいえるリアリティが脳裏を()ぎり、俺は戦慄する。

 黒田氏は、わざとこのようなゲームを開発したのか。彼は、子供の頃から「剣と魔法の世界」での冒険を望んでいた、と言った。その結果誕生したのが、この異常なゲーム世界だというのか。

「ケント君!」

 その時突然、ユリアが横から飛びついてきた。俺は彼女に抱えられたまま、地面をごろごろと転がる。間一髪で、先程俺の居た場所にヴェンジャーズ兵の剣先が突き刺さった。彼女が助けてくれなければ、俺は驚きに打たれて動けないまま突き殺されていたに違いない。

 ユリアは回避を終えると、ざっくりと切り裂かれた俺の左腕を掴んだ。

「血……こんなに血が出てる……」

「多分、動脈は大丈夫だ。心配しないで」

 俺は言ったが、彼女は首を振り、ポケットからハンカチを取り出して俺の腕に巻いた。結び目を傷口からずらすと、「ぎゅっと押さえてて」と鋭く言ってくる。俺は言われた通り、右手で傷を抑えた。

 俺に斬りつけた兵士が、じろりとこちらを見た。その前を別の村人が駆け、背後からまた一人の敵が槍を突き出す。村人は背中の中央を突き刺され、悲鳴を上げて転倒する。悶えるその体の下から、じわじわと血液が滲み出してくる。死んではいないようだが、かなり深くやられたらしい。

 思わず目を瞑った。当たり前の事だが、このように目の前で人が斬られるのを見たのは初めてだ。プレイ中にこんなものを見続けていたら、トラウマになってしまうに違いない。

(どうして、こんな事をするんだよ……?)

 心を占めるその問いは、残酷な所業を行うヴェンジャーズのみならず、このような光景を娯楽であるゲームの中に作り出した、黒田氏に対するものでもあった。

 その時、ユリアが両手を広げて叫んだ。

「私はここよ! あなたたちが狙っているのは、私でしょう! 村の皆は関係ないじゃない、彼らを傷つけないで!」

「おい、ユリア……」

 俺は彼女に呼び掛ける。ユリアは唇を噛んで俯いていたが、やがて覚悟を決めたように兵士たちの方に歩み出した。ヴェンジャーズたちの視線が一気に彼女へと集まった時、彼女は腰から抜いたレジーナソードを、ゆっくりと地面に放った。

「スパロウ兵長、どうしますか?」

 ヴェンジャーズ兵の一人が、リーダー格の男に短く尋ねた。少し離れた場所で兵士たちを指揮していた男は、十人程の部下たちを引き連れてこちらに歩いて来る。ユリアは気丈に背筋を伸ばして彼らと相対したが、俺の場所からではその背中が怯えるように小刻みに顫動しているのが、はっきりと分かった。

「貴様が、水のブレイヴ……ユリアだな?」

 スパロウと呼ばれた男は、警戒を解く事なく軍刀の柄に手を掛けた。

 ユリアは両手を上げたまま、彼を睨み返す。

「そうよ、シルフィのフォームメダルは私が持っている。欲しいなら、私を倒して奪いなさい」

「貴様に戦えるのか? 村を守る為に武器を置いてきたってか。覚悟は結構」

 スパロウは言うと、「だが」とすかさず続けた。

「貴様はまだ、隠している事があるな? ……シルフィ・アクアと共にこの村へ逃げ込んだ、アロード・ファイヤーの事だ」

「……さあね」

 彼女は低く言い、ちらりとこちらを見る。俺が微かに振り返ると、路傍の茂みに隠れてこちらを窺っているイマジンたちの姿が見えた。彼らも、ユリアが武装解除した以上出るのは危険だと判断したらしい。

「アロードがここに居る事は分かっている。これ以上隠しても、いい事はない。この村を焼き払ってでも、奴を炙り出してやるぞ」

「そう思うなら、私を拷問して吐かせるでも何でも、すればいいでしょう」

 ユリアが吐き捨てると、突然、兵士たちから哄笑が上がった。俺がはらはらしながら見つめる中、兵士の一人が矢庭(やにわ)に叫んだ。

「そうかい、じゃあ遠慮なく!」

 俺が、声を上げる間もなかった。二人の兵士が飛び出し、彼女の両肩を掴む。そのまま地面に座らせると、片方が髪の毛を鷲掴みにし、土の上に思い切り顔面を叩きつけた。

「きゃあっ!」

「大人しく白状しろ!」

 三人目の兵士が、棘の付いた鎖を取り出し、それを彼女の胴に回そうとする。地面に転がったまま、ユリアは涙の滲む目でこちらを見てきた。

「助けて……ケント君」

 その弱々しい呟きが耳に届いた時、俺は自分の中で何かが切れるのを自覚した。

 気付けば、俺は地面を蹴って飛び出していた。

「ユリアに手を出すな!」

 デュアルブレードを抜き、鎖を持った兵士に振り下ろす。

 固まりかけのバターにナイフを入れたかのような不思議な、めり込むような不快な手応えがあった。一瞬、世界の一切がスローモーションになったかのような錯覚に襲われる。ザクッ、と、湿った音がやけにはっきりと聞こえた。

 俺がはっと気付いた時、兵士は大きく斬り割られた(うなじ)から鮮血を迸らせ、ユリアの白いブラウスを(くれない)に染め、ゆっくりと横に倒れ──息絶えていた。

 直後、俺はとんでもない事をした、と実感した。

 敵とはいえ、NPCとはいえ人間を、この手で斬殺したのだ。このゲームの中で主人公ではあるが、一般人の、高校三年生に過ぎない俺が。

 それは、先程自分が斬られたり、眼前で人間が斬られるのを見るよりも何倍も不快な事だった。傷口の内側から、体内を腐敗させるような感覚。自分が、軽蔑されるべき何かに堕ちてしまったような。

 しかし、そのような刹那の不快は、すぐに何処かへ吹き飛んでしまった。スパロウ兵長と他の兵士たちが、俺を睨んできたのだ。いずれの双眸にも、怒気を通り越した殺意が爛々と輝いていた。

「誰だ、貴様は?」

 鬼のような形相のスパロウ兵長に()めつけられ、俺の中に怯懦が蘇りかける。しかし、俺はその怯みを振り払うべく自分を叱咤激励し、声を張り上げた。

「俺は……火のブレイヴのケントだ! アロードのフォームメダルが欲しいなら、相手は俺だ! 丸腰の女の子を拷問に掛ける前に、正々堂々俺と勝負しろ!」

「ケント君、あなた……」ユリアの瞳が大きくなる。

「トランスフォーム『アロード・ファイヤー』!」

 茂みの方で、「おい馬鹿!」とアロードの声が聞こえた。しかし、彼はそれ以上何も言わず、俺の突き出したメダルに入って来る。ブレイヴに変身してから、俺は思わずひやりとした。こんな挑発的な事を言ってしまって、俺は一体どうするつもりだろう。

 案の定というべきか、スパロウは額に青筋を浮かべ、怨嗟の滲む低い声で言った。

「小癪な……! だが丁度いい、こちらから探す必要がなくなった訳だ。アロードのフォームメダルも併せて奪ってやる!」

 その声と共に、ヴェンジャーズ兵たちが一斉に飛び掛かってきた。

 また、同じ事をせねばならないのか、と思った。自分の手によって同じ人間の命を奪う不快感を、また味わわねばならないのか。しかし、一体化したアロードの闘志が流れ込み、恐怖だけには麻酔が掛けられた。

 俺は、ユリアを連中の好きにはさせたくない。彼女が傷つき、涙を流す姿は見たくない。それなら、俺は覚悟を持って同族の体に(やいば)を振るう。

「お前たちなんかにやられる訳には行かねえんだよ、俺は!!」

 孤軍奮闘とはまさにこの事だが、やれるだけやるしかない。自身を鼓舞するかのように喉の底から声を上げながら、兵士たちに突進する。剣を振るって一人ずつ斬り捨てると、血や亡骸を見ないようにしながら体勢を立て直す。

「このガキ!」

 兵士の一人、先程ユリアの額を地面に叩きつけた男が、下方から掬い上げるように刀身を振り上げてくる。俺は水平斬りを繰り出してその軌道を逸らし、防ぐと、空中に跳躍した。どうやらブレイヴに変身している間は、素の身体能力も平常時より向上されるらしかった。

 ヴェンジャーズ兵の首筋に、俺は爪先で蹴りをを入れる。彼は吹き飛ぶが、さすがに軍人なだけはあり、それですぐに転倒するような事はない。大きくノックバックしつつも、両足で踏み堪えた。

 周囲に他の敵が居ない事を確認すると、俺はユリアの前に立ち塞がる。敵兵は再び剣を構え直し、重心を落とした。その剣が淡く発光するのを見、俺はぞくりと背筋が粟立った。相手が今から繰り出そうとしているのは、剣技だ。真面(まとも)に喰らえば、俺の腕では防ぎきれないかもしれない。

(一か八かだ……!)

 俺は同じく構えると、デュアルブレードを正面に向ける。敵を中央に捉え、その一挙手一投足に目を凝らす。剣技が最大威力となり、叩き込まれようとする瞬間、極限まで高まった俺の集中力は、そこで生じた隙を見逃さなかった。

「アグレッシヴブレイズ!」

 裂帛の気合いと共に、俺はデュアルブレードを振った。敵の剣先がこちらの首筋に触れるか触れないかという一瞬で、俺は体を横に動かしつつカウンターを行う。相手の胴を深々と切り裂いた感触があり、敵兵は翻筋斗(もんどり)打つように転倒し、動かなくなった。

「お前はどうする?」

 俺は、唖然とこちらを見ているスパロウに問うた。「やるのか?」

 言いながら、俺はふと遠くの小屋の陰にガーディさんが立っているのを見た。彼は逃げる事もせず、抜き身の太刀を地面に突き刺しながら、腹立たしげにスパロウ兵長を睨みつけていた。

(ガーディさんって……)

 俺が思いかけた時、目が合いそうになって慌てて逸らした。何故か、見ていたと思われたくなかった。

 スパロウ兵長は全滅した十人の部下たちを凝視したまま固まっていたが、やがて村中に広がっているヴェンジャーズに叫んだ。

「お前たち、ひとまず撤収だ! ブレイヴが二人も居るとは予想外だった! ここは引き揚げろ!」

 彼の狼狽した声を合図に、ヴェンジャーズ兵たちが村の外へと駆け出して行く。俺は彼らを追わず、ユリアの横に跪いた。

「ユリア、怪我してないか?」

「ありがと……私は大丈夫だよ。優しいね、ケント君」

 彼女は小さく微笑んだが、その表情は何処か無理をしているようだった。

 ユリア、と俺がもう一度呼び掛けると、彼女は口元を戦慄(わなな)かせ、限界が来たようにわっと泣き崩れた。

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