『ブレイヴイマジン』第8章 ラストバトル①
世界樹ガオケレナを取り囲む防護壁は、既にあちこちが爆破され、大規模に崩落している。その周りには、ヴェンジャーズが放置したのであろう警備隊の死体が、乱雑に放り出されて積み重なっていた。
自分たちが彼らの代わりだ、とでもいうかのように編隊を組むヴェンジャーズの纏う灰色の軍服が、淀んだ海のように見える。予期してはいたものの、こうして実際に並ばれると、その圧倒的な数の差に俺たちも緊張が奔ってくるようだった。こちらが世界最強の戦士の集まりだ、と頭では分かっていても、感情ばかりはどうしようもなかった。
そして、ヴェンジャーズ兵たちの先頭に立つ人物を見た時、俺は今まで立ててきたプランが崩壊したのを感じた。それは、俺が仲間たちに足止めを頼んでいたレーナやギデルではなかった。
「さすが、行動は早いものだな」
「誰だ、お前は!?」
アロードが鋭く問う。相手は、まだ見た事のない幹部らしき男だった。
「兵長ラージェス、スパロウ様の後を継ぎ、指揮を執る事となった」
「お前は」
イヴァルディさんが進み出た。
「ガーディの真の目的を、理解しているのか? 彼は、魔王ディアボロスを招喚しようとしているんだぞ」
「どうであれ構わないさ。俺たちは、どのような形であれこの腐った世界の終焉に立ち会い、マナの害を受けずに、枯渇せぬそれを新たな時代の文明に転用する、ヘルヘイムの理に生きる者となるのだ。ディアボロス様も、魔神族に忠誠を誓った我々を滅ぼすような事はしない」
ラージェス兵長は言うと、ここ最近戦ってきた兵士たちの上級戦闘員が持っていたような湾刀を、ずらりと抜き放った。
「今、ガーディ様は魔界の門、グニパヘッリル回廊にいらっしゃる。貴様らがそこに到達する前に、我々で息の根を止めてやろう。して、何か遺言は?」
「……ねえよ。なあ?」
ルクスが、ぼそりと言った。俺たちは肯き、それぞれ身構える。
「俺たちは死なない。皆で、それぞれ帰るべき場所に帰るんだ」
ゼドクが言うと、ラージェス兵長は湾刀を振り上げて叫んだ。
「ならば我々も貴様らを倒し、行き着くべき場所に行き着こうぞ。立ち上がれ、影に忠誠を誓いし同志たちよ。愚者どもを、刀の錆へと変えてやれ!」
次の瞬間、彼の後ろに控えていたヴェンジャーズ兵たちが、雄叫びを上げて飛び出してきた。こちらからはマティルダ、イヴァルディさん、フィアリスが先行して初動を掛け、俺はブレイヴたちの名を呼んだ。
「行こう! ユリア! ゼドク! リビィ! アスターク! ジーゼイドさん! スティギオ! コーディア!」
彼らに対応するそれぞれのイマジンたちが、フォームメダルに宿る。俺たち八人は八つの声を揃え、変身コマンドを高らかに唱和した。
「トランスフォーム!」
変身するや否や、丁度目の前に迫っていた槍兵を居合斬りで倒す。俺たちの横から衛兵隊や魔法使いたちも飛び出し、怒涛の如く押し寄せた敵を次々に薙ぎ倒して道を作ってくれた。
「ケント!」
ゼドクが、コーディアと背中合わせに立ち、敵兵を迎撃しながら俺の名を呼ぶ。
「三侯は全員居ないが、基本的な戦術目標は同じだ! ここは作戦通り俺たちに任せて、お前は早く世界樹へ!」
それは死亡フラグだよ、という冗談を返せる程、状況に余裕はなかった。俺は辺りを見回し、不安になったが、ここで俺が逡巡するのはリーダーとしての役目を放棄するようなものだ、と思い直した。
「ああ!」仲間たちが拓いてくれた人垣の間に駆け込み、叫び返す。「皆の方は大丈夫そうか!?」
「問題ない!」
ジーゼイドさんが、ラージェス兵長と交戦しながら答えた。
「ガーディが魔王の招喚を実行しているのは、もう確実だ。ならば、轍鮒の急を要するのはそちらを防ぐ事だろう。地顎爆轟波!」
彼が、斧カテゴリの技で衝撃波を放ち、ラージェスを吹き飛ばすのを横目に捉えながら、俺は口を引き結んで肯いた。これ以上俺が不安がっても仕方がないし、それは仲間たちへの信頼を欠いているという事だ。俺は、状況とは関わりなく、仲間たちを信じる事にした。
武器を交える人々の間を縫い、俺は樹に近づく。味方が取り逃がし、ちらほらと現れる兵士については剣技一本で倒す。
樹の根元まで辿り着くと、そこに魔方陣が敷かれていた。陣は発光し、赤黒い血煙のようなオーラが立ち昇っている。ヘルヘイムから、大地に魔物を発生させる要因として流れている魔神族の瘴気。ガーディさんは、既に魔界の扉を開放しつつあるようだ。
俺は、その光の中に足を踏み入れようとした。
その時、背後から足音が接近し、ユリアの声が叫んできた。
「ケント君!」
振り返ると、彼女が立っている。どうした、と尋ねる間もなく、
「私も一緒に行く」
ユリアはそう言ってきた。
「レーナ、ギデルが居ないって事は、二人はこの先でケント君を待ち構えているはずよ。これは私の我儘じゃない、今まで何回も戦った強敵二人とケント君が戦えば、あなたを信用していない訳じゃないけど、絶対に時間は食われる。そうなったら、ガーディを止める作戦も水の泡になるわ」
「ユリア……」
俺が呟くと、彼女はすぐ隣まで歩いて来た。
「それから、こっちは私の我儘。……ケント君は、旅の間ずっと私のパートナーだった。だったら、それが最後の戦いであっても同じ事よ。私は、最後までケント君と一緒に戦いたいの」
「……分かったよ」
俺は、感動を覚えながらユリアに手を差し出す。その動作はごく自然で、俺は自分でも驚いた。彼女は一瞬だけ顔を輝かせ、すぐに凛々しい表情に戻って俺のその手を取った。
「二人で行こう」
俺たちは肯き合うと、魔方陣へと踏み込んで行った。
光が消えた時、まず最初に感じたのは気配だった。ヴェンジャーズ三侯の放つ、恐ろしい程肥大した殺意のオーラと、血に飢えた異種族の気配。それは、災害の起こる前兆、虫の知らせにも似た胸騒ぎだった。俺たちの相手にする魔神族が、言葉の通じない異世界の存在、擬人化された災厄なのだ、と実感させるようだった。
身の毛も弥立つような異界の空気に抗い、俺は辺りを見回す。そこは一本道の続く洞窟のような場所で、黒ずんだ岩で壁や床が作られている。壁には松明が等間隔に並び、緑色の炎を燃やしていた。
「ここが『魔界の門』、グニパヘッリル回廊……」
ユリアが呟く。俺は、彼女の手をぎゅっと握った。彼女は一瞬びくりとしたが、何も言わずに手を握り返してきた。
「魔神族の気配がする。慎重に行こう」
俺たちは、手を繋いだままゆっくりと回廊を歩き出した。