『ブレイヴイマジン』第7章 オープンゲート⑥
* * *
二日後の午後だった。
宿屋「春の鹿子亭」の、俺とアロードの取っていた部屋の扉がノックされた。ゼドクが加わってから、俺たちは世界樹ガオケレナの麓に集まったヴェンジャーズの陣を偵察したり、刻々と変化する状況を基に作戦を練り直したりしており、その時も偵察が俺たちの番になったので出掛けようとしたタイミングだった。
扉を開けると、
「ジーゼイドさん! タイタス!」
俺は驚いて叫んでしまった。そこには確かに、ランストゼルドの村でお世話になった鍛冶屋兼斧使いのジーゼイドさんと、彼と契約したタイタス・グランドが立っていたのだ。
「手紙を出してからまだ三日ですよ。もう着いたなんて……」
「久しぶりだな、ケント君、アロード君」
「よっ、アロード!」
タイタスは、俺の後ろに居るアロードに軽く手を挙げて挨拶する。親友同士のイマジン二人は、握手をして再会を喜び合った。
ジーゼイドさんは、以前会った時は作業用の革エプロンを身に着けていたが、それは今や丈夫そうなレザーアーマーに変わり、かなり戦闘職らしい出で立ちになっていた。戦斧ヴァンガードアームズも、以前より存在感を増している。
「あのビーストサモナーに操られていたビファドルドが居ただろう? タイタスの統率力が戻ってから地属性魔物たちが大人しくなって、その群れに属していたコンデム二体がタイタスに言ったのだ。親分が迷惑を掛けたので、お詫びの代わりに何か必要な事があれば、力を貸す、と」
「俺たちはそれに乗ってきたんだ。鉱石運搬用のトロッコを金属板で補強して、地中を進んでな。さすが、あいつらは速いな」
タイタスが、ジーゼイドさんの後を引き継いで話した。
「でも、狭っ苦しい姿勢だったからなあ。背中痛くなったぜ」
「お前もいい部下を持ったじゃねえか、タイタス」アロードが言った。「でも、大変だっただろ?」
「このような苦労など、大した事ではない」
ジーゼイドさんは、晴れやかな笑みを浮かべた。
「相棒の親友の仲間たちが助けを必要としているのなら、いつ何処に居たとしても駆けつける」
「本当にありがとうございます!」
俺は、喉元に何かが込み上げるのを感じながら深々とお辞儀をした。
* * *
五日後、俺とユリア、アロード、シルフィ、ジーゼイドさんとタイタスは、ヴェンジャーズの偵察の為に世界樹付近に居た。ジーゼイドさんたちが到着してから、偵察は十一人を二グループに分けて交替で行っており、先程ゼドクとルクス、コーディアとロゼル、イヴァルディさんの五人が帰ってきたところだ。
俺たちが見に行く度、ヴェンジャーズの人数は増えていた。どうやらイマジスハイムへ進軍する部隊とは別に、各地に散った部隊の生き残りたちがここにも集まってきているらしい。
ヴェンジャーズの者たちは、現在のエヴァンジェリアがヘルヘイム化した後、魔王ディアボロスに選ばれて魔神族と共存出来ると信じている。だからこそ、ガーディさんの計画で一度大地を壊滅させる際、自分たちは安全な場所に居る必要があると彼らも考えるのだろう。マンティス総統とのやり取りから推測するに、ガーディさんは恐らく、彼らをも葬り去ろうとしている。あまり最終決戦の為に集まられるのは、俺たちと彼ら、双方にとって危惧される事態ではあるが──。
「数の劣位は、間違いないよね」
俺と同じ事を考えていたらしく、ユリアはそう言った。
「向こうは、世界樹の厳重な警備を突破するのに多く戦力を割くわ。だけど、結集の時点でそれは想定しているはず。ベストなのは、ガーディが警備を破る前に全員が揃う事だけど……」
「数では劣るけど、こっちの戦力は半数以上が強力な魔法使いで、予定通り行けばブレイヴが全員も集まる。敵は決戦前に、物量を以て俺たちを少しずつ消耗させようとするだろうね」
「でも、私たちが同じ事をしたら、必要以上に犠牲を出す事になる」
ユリアは腕を組み、「難しいよね」と言った。
「ヴェンジャーズに最小限以上の犠牲を出させたくないっていうのは、私たちの顔見知りが組織に入っているから。そして、他人の命に取捨選択をしたくないから。割り切れずに、二重に自分たちの首を絞めている、エゴだって言われたら、それまでなんだろうけど」
「エゴでも、間違った事ではないと思うよ。俺たちには、滅ぼすだけじゃない方法で彼らを止められるって、信じているんだから」
俺は、不安そうなユリアに言う。そう言う俺自身も、刻々と増えていく敵の戦力に動揺が止まらなかったが、決してその言葉は強がりではないと思っていた。
しかし、その時俺は突然死角から怒鳴られ、心臓が跳ね上がった。
「おい貴様ら! こんな所で何をしてやがる!」
振り向くと、そこにヴェンジャーズ兵が三十人程立っていた。周囲を哨戒していた部隊に見つかったらしい。陣を取り囲む板塀の陰に隠れていた俺たちは、慌てて立ち上がり、敵と距離を取った。
「貴様らは、あのブレイヴだな。ここを襲うつもりだったのなら、ガーディ様のお手を煩わせるまでもない、俺たちで始末してやる」
「戦うしかないか! トランスフォーム!」
俺とユリア、ジーゼイドさんはブレイヴに変身し、飛び出す。同時にヴェンジャーズ兵たちも飛び掛かって来て武器を振るったが、先手を取ったのは俺たち側だった。先頭の三人が、俺たちの攻撃を喰らって薙ぎ倒された。
「地神天割劉!」
ジーゼイドさんは上下二連撃を繰り出し、更に一人を倒す。俺は次の敵に廻鳶脚を喰らわせつつ、ユリアの方を見た。彼女はスピニングマリンで二人の兵士をまとめて倒すと、最初に俺たちに怒鳴ってきた隊長らしい兵士に斬り掛かっていた。隊長も幹部でない下級兵士ではあるものの、握っているのは一般的な剣兵に比べると少し大きな湾刀だった。
「スパイラルストリーム!」
「俺たちだって、教育されてるんだよおっ!」
隊長の刀が、剣技の光を帯びた。その剣は、ユリアの必殺技をしっかりと受け止める。動揺した彼女が腕を硬直させた時、隊長はレジーナソードの刀身をなぞるように剣を滑らせ、彼女の左腕から胸にかけてを痛撃した。
「……っ!」
ユリアは声こそ上げなかったものの、転倒して動きが止まった。
(マズい!)
俺は相手をしていたヴェンジャーズ兵を斬り倒し、隊長へと向かった。
「沈めえっ!!」隊長の振り下ろした刀が、空気の震動する音を立てて俺へと肉薄してきた。
俺は敢えてそれに向かって行き、デュアルブレードを斜め方向に振るう。
「赫閃燃導劔!」
それで何とか敵の斬撃は軌道を逸らす事が出来たが、そのタイミングで傍に居た兵士に足首を蹴られ、俺もまた転倒してしまった。
敵の戦闘力も、以前より全体的に向上しているらしい。それが、もう自分たちの計画には後がないという背水の陣の覚悟から生じたものなのか、それともガーディさんが兵士たちに特殊な訓練でも施したのかは分からない。
考える余裕もなく、
「囲め」
隊長が、兵士たちに合図した。残り全員の兵士たちが俺とユリアを包囲し、ジーゼイドさんが血相を変えて斧を敵に向かって薙ぎ払おうとした。
「森羅万象旋!」
駄目だ、と俺は叫ぼうとした。彼と戦っていた兵士たちは、俺たちに標的を移すに当たって彼にカウンターを仕掛けたらしく、彼が防御しているうちにこちらとの距離は大きく開いていた。あの位置からでは間に合わない、俺たちの方で、ある程度大きなダメージを負う事は覚悟して仕掛けるか。
兵士たちが、一斉にそれぞれの剣や槍を振り上げた。全方向から、それが振り下ろされる──と思った、その時だった。
「プリヴェントファクター!」
聞き覚えのある声と共に、俺とユリアの周りに光の壁が出現した。兵士たちの武器はそれに当たるや否や跳ね返され、彼らが大きく仰反る。
「何……!?」隊長が狼狽の声を上げた時、
「ツインタービュランス!」
第二の声と共に、その背後から細いものが突き出される。隊長の鳩尾の辺りからそれが覗き、敵はそれ以上声を発する事なく絶命した。
よろよろと崩れ落ちるその背後から、細剣を持った少年の姿が現れた。傍らには、魔法使いの典型のようなローブにケープ、とんがり帽子を身に着けた少女が、杖を構えている。
「アスターク! マティルダ!」
ユリアが、顔を輝かせて叫んだ。それは、確かにハルバードルズで俺たちが出会った兄妹、空のブレイヴのアスタークに、魔法使いの少女マティルダだった。
「お待たせしました、皆さん!」
アスタークは言うと、細剣をさっと一閃する。
「お話は伺いました。また、一緒に戦いましょう!」マティルダも、杖ツインクリングタクトの先を兵士たちに向ける。「リキッドショット!」
水弾の直撃を受け、吹き飛んだ兵士の体が、その後方に居た別の一人にぶつかって縺れ合うように倒れた。彼らはまだ、ブレイヴや魔法使いが増えた事に驚きを隠せないようだったが、立ち尽くす彼らに今度はアスタークが迫る。
「天帝嵐嶄吼!」
「二人とも……シェリカも含めて三人とも、ありがとう!」
ユリアは感激したようにそっと眦を拭い、俺とジーゼイドさんに目を移した。
「私たちも行こう、スパイラルストリーム!」
「ああ! アグレッシヴブレイズ!」
「プラネット・ヴァニシング!」