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『ブレイヴイマジン』第1章 リアルデスゲーム⑧


          *   *   *


 一時間後。

 俺とユリア、アロード、シルフィはダガルキエス峠を登ったり下りたり、洞窟を入ったり出たりしながら進んでいた。出発前にもう一度確認したが、やはりどのようにアクションを起こしてもメニューやヘルプは出てこないし、トラブルへの対処に関する案内もなかった。

 道中、俺は痩せ細った赤土の地面や岩壁に、魔物の死骸が転がったり引っ掛かったりしているのを何度も目にした。生息している魔物の数も相当多いようで、すぐ麓にある村は危険だろうな、と改めて実感した。

「本当に、魔物が増えているんだな……」

 俺が呟くと、「困っちゃうよね」とユリアは頭を振った。

「昨日のジャバウォックだって、闇属性のロゼル・ダークネスの力が弱まったからなのよ。シルフィとアロード以外の皆は、多分もう全員取られたんじゃないかな、フォームメダル」

「でも、光属性の魔物が騒ぎを起こしたって話は聞かないから、ルクス・フォトンは無事かな?」

 シルフィが、そうであってくれ、と祈るような口調で言う。

「連絡出来ないの、イマジン同士で?」

「無理無理。魔物のネットワークは属性ごとに違うから、異なる属性のイマジンじゃ魔物を通してやり取りする事も出来ない。でも、今じゃメダルを奪われたイマジンたちの方が安全なんだよねえ、皮肉な事に」

「ヴェンジャーズは、メダルだけを奪うの? イマジン本人を殺したりは……」

「しないよ。情けを掛けている訳じゃなくて、もしイマジンが死んだら、すぐにイマジスハイムから新しい担当者が派遣されるから。そうなれば、奪ったフォームメダルは意味を成さなくなる。監視者として任命された瞬間、イマジンは魔物の監視に有効なメダルを自分用に作り出すから」

 だから、とアロードが補足した。

「一度フォームメダルが奪われて、それがもう取り戻せないような状態なら、現在イマジスハイムの外に居るイマジンたちは最終手段として自決するように、ルーラーは命じているらしい。もしも俺たちが命惜しさにそれを拒んで、世界の混沌を継続するようであれば……”狩人(ヤークト)”が来て、イマジンを殺す」

「そんな……」

「仕方ねえ事なんだよ。俺たちだって、マナを暴走させない為に自然発生する魔物を間引いている。嫌だったら、最初からヴェンジャーズにフォームメダルを取られないようにするか、奪還するかしかねえ」

「アローちゃんが早く戦いたいって思っているのは、メダルを奪われた皆に取り戻してあげたいって思うからでもあるんだよね」

 シルフィは、アロードの肩をつつく。

「だってさ、イマジンって世界に居る人族の中じゃ、相当少数派(マイノリティ)なんだよ? 皆大事な友達で、替えが効くなんて消耗品みたいに扱われるのは嫌だよ。如何に、ルーラーの敷いた(ことわり)だったとしても」

「なるほどね……」

 俺が視線を向けると、アロードはやや紅潮して俯いた。

「勘違いすんなよ、俺は……ブレイヴも持たないあいつらが、不甲斐ないのが許せねえだけだ。何も出来ないままメダルを強奪されて、しかもその後本人もヤークトに殺されましたなんて、話にならねえだろ」

「アロード、いい奴なんだ」

「やめろって、(からか)うみたいに言うのは!」

 むきになったように叫ぶアロードを見ながら、俺は少し彼を好きになれるような気がした。ふっと微笑み、行く手を見る。他に、この世界について知っておかねばならない事はあるだろうかと思い、頭を回した。

 エヴァンジェリアの世界観と、そこに発生している問題。ゲームの題名にもなっている、ブレイヴとイマジンの関係。戦闘と敵。ヴェンジャーズ。必要な要素は、大体揃ったようだった。しかし、これらを全て把握するのに半日以上の時間を要した。現実世界でどれだけ時間が経ったのか正確な事は分からないが、やはりやや長すぎるように思う。それに、プレイヤーがクリアの為に何をすべきなのかについても、未だに明確な説明がなされていない。

(俺は今……楽しんでいるのか?)

 ユリアたちに尋ねる代わりに、俺は自問する。少し考えたが、その答えは一口には言えなかった。

現実がどうなっているのか知りたい、という気持ちはあった。ログアウトが可能なら強制でもいいからして欲しいし、事前説明もないまま家に帰れていないという状況に不安も覚えている。だが、俺は段々とこの『ブレイヴイマジン』を、というよりもユリアたちとの交流を、楽しいと思えるようになっていた。秋から全くといっていい程、家族以外の人間との交流を持たなかった俺は、ユリアから友達になろうと持ち掛けられた事が純粋に嬉しかった。

 無論、架空の繋がりだとは分かっている。彼女たちは、現実の開発スタッフたちによってプログラミングされた擬似的な人間に過ぎない。しかし、それでも俺は、自分の口で喋り、感情を見せるこの交流が、限りなく本物の人付き合いに近いものだと感じていた。

「………? ケント君?」

 ユリアが、俺が沈黙した事を疑問に思ったのか、横から顔を覗き込んできた。俺は我に返り、慌てて俯きがちだった顔を上げる。

「あ、ああ。ごめん、どうしたの?」

「もうすぐ目的地だよ、って事を言いたかったの。ほら」

 彼女は、現在登っている山道の突き当りを指差した。

 そこには黒々とした洞窟が口を開けていた。入口の両脇には彫刻標柱(トーテムポール)のようなものが二本立ち、耳の尖った妖精の絵が描かれている。中から、微かに魔物の咆哮らしき音が谺してきた。

「ここが、『界廊』に続く洞窟。アルヴァーラントとの交易に使う荷車はここを通って行き来するんだけど、よりにもよってこの中にヴィラバドラが湧いちゃったのよ。もう、大分犠牲が出ちゃった……

「ヴィラバドラ、地属性。巨人型で、近接格闘(インファイト)を得意とする。特性(スキル)は『狂戦士(バーサーク)』、ダメージを受ければ受ける程攻撃力や敏捷性が向上するから、ラッシュをかまして一気に体力を削るのがセオリー」

 シルフィが解説口調で言う。俺は、ごくりと生唾を嚥下した。

 俺たち四人は足音を殺し、ゆっくり洞窟の中へ歩を進める。誰が点けているのか、壁には松明(たいまつ)が掛かり、橙色の炎がちらちらと燃えていた。

 間もなく、中間地点と思しき少し広い空間に出る。一角に祭壇があり、入口にあったようなトーテムポールに篝火が巻き付けられている。そしてそこに、褐色の筋肉質な体躯を持つ巨人の魔物が立っていた。

「あいつがヴィラバドラよ」

 ユリアは言い、フォームメダルを取り出した。シルフィが溶け崩れ、その中に入り込む。最初に見た時のように、メダルは青白く発光した。

「ケント君、私の真似をして。ブレイヴに変身するのよ」

「ケント」アロードは、俺が取り出したフォームメダルを素早く見た。「俺の力を無駄遣いすんじゃねえぞ」

 彼は言うと、炎のような姿に崩れ、シルフィと同じく俺のメダルの中へと入っていく。メダルは赤色に発光し、火の紋章が表面に浮かんだ。

「トランスフォーム『シルフィ・アクア』!」

 ユリアが叫び、ブレイヴに変身するのと、ヴィラバドラがこちらに気付いて重心を落とすのはほぼ同時だった。俺も見様見真似で、彼女と同様に叫ぶ。

「トランスフォーム『アロード・ファイヤー』!」

 アロードのフォームメダルから魔方陣が出現し、体と重なった瞬間、俺は一瞬全身に熱さを感じた。服の内側が燃えるように熱を持ち、ベージュのコートが赤く発光して形を変えた。

 黒いベストと、マントの如く赤く長い上着。肩と胸には、猩猩緋(しょうじょうひ)の光を放つ鋼のプロテクター。更には視界に入るオレンジ色だった俺の前髪も、アロードと同じような真紅に代わっていた。

「これが……火のブレイヴ……!」

 俺が小さく息を呑んだ時、駆け出していたヴィラバドラが巨体に似合わぬ素早い動きで地面を蹴り、跳躍した。空中で拳が握られ、それが薄赤い輝きを纏う。ユリアはレジーナソードを抜くと、

「……行こう」

 低く呟き、刀身に水玉のエフェクトを纏わせながら跳んだ。

 デュアルブレードを抜いた刹那、俺は体の底から何かが駆け上がって来るのを感じていた。身の内側で、何かが爆発したかのような感覚。憑依し、一体化したアロードの闘志が俺の中に流れ込んでくるような、俺を根幹から変身させてしまうような、強い魂の震え。

 闘魂。

「行くぜ」

 俺は、未だかつて出した事のないような声量で雄叫(おたけ)びを上げ、ユリアを追い抜いてヴィラバドラに飛び掛かった。体の末端から溢れ出る熱を、そのまま刀身に載せるつもりで剣を振り上げる。

覇山焔龍昇ハザンエンリュウショウ!」

 炎を纏った俺のデュアルブレードが、振り下ろされかけていた魔物の拳を大きく跳ね挙げた。こちらへ急降下しようとしていたその巨躯が、空中で静止する。俺は剣を思い切り押し、魔物を弾き飛ばした。ヴィラバドラは背中から吹き飛んで行き、トーテムポールの一本に激突して突き崩す。ユリアは、驚いたように足を止め、勢いを殺しきれず前につんのめるような体勢となった。

 俺は剣に引かれるように前へと突っ込み、敵が起き上がろうとしているところに追い討ちを掛ける。

爆炎天翔斬バクエンテンショウザン!」

「グアアアアアアルルルッ!!」

 魔物は喚きながら起き上がると、地面を引き剝がすかのようなアッパーカットを繰り出してきた。俺は剣で受け止めると、足を振り上げる。剣で押し返し、魔物が仰反(のけぞ)った隙に回し蹴りを繰り出す。

廻鳶脚(カイエンキャク)! ユリア、今だ!」

「スピニングマリン!」

 彼女は、突如好戦的な素振りを見せ始めた俺に対し、動揺したように立ち尽くしていたが、すぐに我に返ったように肯いた。先程キャンセルしてしまった剣技を再び使用し、ヴィラバドラに斬りつける。

 ユリアのその斬撃は、会心の一撃(クリティカル・ヒット)となった模様だった。魔物にヒットしたレジーナソードは目映い程の光を放ち、ズガンーッ! という爆発じみた音を立ててその肉を抉る。

 ヴィラバドラは、傷口から濛々と煙を上げながら吠えた。傷つけばそれだけ戦闘力が向上するというスキルが発動したらしく、魔物は大暴れを開始する。俺たちを見失ったのか、矢鱈滅鱈(やたらめったら)に振り下ろされる拳から衝撃波が四方八方に飛び、洞窟の壁を激しく凹ませた。地面は蜘蛛の巣状にひび割れ、飛び散った(つぶて)が体にびしびしと当たって痛い。

「グオオッ!」

 敵は再び地面を陥没させるように踏みつけると、腕に大きく撓りを付けて拳を振るってくる。位置的に、ボディブローだ。もろに喰らったら、内臓が(ひしゃ)げるかもしれない──と、俺は一瞬これがゲームである事を忘れかけた。

 しかし俺はその緊張感を、怯懦に留める事を潔しとしなかった。

「喰らうかよ、そんなの!」

 普段の俺なら叫ぶはずのない言葉を叫び、俺は体を捌いた。敵の拳が直撃する、という寸前、相手の足元にスライディングするかの如く滑り込み、擦れ違いざまに回避する。

 振り返ると、がら空きとなったヴィラバドラの背がそこにあった。

(とど)めだ! アグレッシヴブレイズ!」

 俺は剣技を発動し、炎に包まれて二倍近くの幅、長さとなったデュアルブレードを思い切り薙ぎ払う。空間に半月型の光の軌跡を残し、その(やいば)は魔物を深々と切り裂いた。

 魔物は仰向けに倒れ、ピクピクと痙攣して動かなくなった。それを見届けた時、俺ははっと我に返る。

 自分が、この魔物にも負けず劣らずの狂戦士と化していた事に気付き、ドキッとした。自分の中に流れ込んできたものが、比喩などではなく本当に、アロードの戦意なのだと分かった。本当に、俺と彼は合体してしまっていたかのようだった。

「何だ、今の……急に力が湧いてきて、飛び出したくなって……」

「俺がお前になって、お前が俺になったんだよ」

 俺の姿が元に戻り、傍らにアロードが出現した。

「ブレイヴとイマジンは、二人で一人みたいな存在だ。文字通り、一心同体。俺はお前に力を渡し、お前は俺に体を預けた。まあこの比率も、どれだけ両者の息が合っているかどうかで決まるんだけどな」

「ケント君!」

 同じく変身を解除し、シルフィを分離させたユリアが早速言ってきた。

「すっごく格好良かった! ねっ、だから言ったでしょ、ケント君は私の王子様だって! 本当に、こんなに一時間も掛からないような短時間で、Sクラスの魔物に勝っちゃうなんて……」

 頰を赤くし、目を輝かせて俺の顔を覗き込んでくる。俺は頭を掻き、「いやあ、それ程でも」と何故か定番の台詞を口にした。俺自身も、喜ばしく思いながらも自分の行った事に戸惑いが隠せなかった。

 ゲームが開始されてから、まだ二日目だ。戦闘も、昨日のジャバウォック戦から数えてまだ二回目。俺のレベルは──その概念がこの作中にあれば、の話だが──、まだ一程度のはずだ。それが、いきなりこのような上位の敵に、圧倒的な力で勝利したのだ。

 ストーリー上必要なイベントだったにしては、俺自身が自由な動きで戦った場面が多かった。それに、ヴィラバドラも決して負けを想定して作られていたようなヤワな敵ではなかったように思う。

 これは一体……と俺が考えていると、いきなりアロードが割り込んだ。

「あのな、六……いや、七割くらいは俺の手柄だからな!」

「あれー? アローちゃん、ケント君に嫉妬しちゃってんの?」

 シルフィが、面白がるように彼の背を叩く。アロードは慌てたように赤くなり、両手をバタバタと振って「してねえよっ!」と叫んだ。

「事実を言っただけだ!」

「あっ、そう」

 シルフィは意味深長な目付きで彼を(からか)い続ける。彼が恥ずかしそうにもじもじするのを見ていると、俺は何だか可笑(おか)しくなった。それで、頭に浮かびかけた疑問もたちまち雲散霧消してしまった。

「じゃあ、村に戻ろっか! ヴィラバドラ退治が成功した事、皆に教えないと。いやあ、これでアルヴァーラントとの行き来もまた出来るようになるね。アルヴの人たちにまた会うの、楽しみだな」

 ユリアは頭の後ろで両手を組み、歩き始める。だが、

「あ、そうだケント君……」

 数歩歩いてすぐに引き返してきた。にこにこと笑みを浮かべながら、俺の隣に並んでくる。俺がきょとんとしていると、彼女はいきなり俺の右手に自分の左手を滑り込ませてきた。

「帰ろう!」

「………」

 思わず、心臓がドキッと鳴った。が、ユリアは構わずに歩き始めるので、俺も彼女と手を繋いだまま歩かざるを得なかった。アロードが不意を突かれたように顔を引き攣らせ、シルフィは彼に軽くヘッドロックを掛けながら

「ごちそうさまです」

 と、軽く頭を下げた。

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