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08.廃妃の息子

 うまい酒と最高級の茶葉。そして、月餅などお菓子を少々。紅花は持てるだけの荷物を持って、夜半に蘇芳殿を抜けだした。


 一度は手伝うことにしたが、何度も手伝うとは約束していない。逃げるが勝ちというやつだ。


後宮の端。もう使われていない宮殿が並ぶ場所だ。そこの朽ちた塀を潜る。


 かつて使用人が使っていた部屋の寝台の下には秘密の通路があるのだ。三年前、後宮に女官として入った紅花が一番に考えたことは、いつでも外に出られる抜け穴を作ることだった。


 書いた物を売るためには外と連絡を取る必要がある。そのため、外に抜ける道を作ろうとした。しかし、紅花は全く逆の方向に掘り進めていたらしい。通じた先は、別の宮殿だった。


紅花は方向音痴だったのだ。


 秘密の通路を通って紅花はいつも使っている宮殿へと辿り着く。


「紅花ちゃん、おかえりなさい」


 蓋を押し上げて通路を抜け出たところで、満面の笑みで迎えられた。


「ただいまです。三ヶ月も空けてすみません。食べ物に困ってませんでした?」

「大丈夫よ~。息子が毎日持って来てくれるもの」

「そうでしたね。お土産があるんですよ。いい酒と、高いお茶。あとお菓子です」

「あらあら。私が好きな物ばかりだわ。嬉しい」


 女は優しい笑みを浮かべた。彼女の名は艶珠。かつて、艶妃として皇帝の愛を独り占めし、第六皇子を産んだ。雲嵐の母親だ。


 三年前、この宮殿は外から鍵が掛けられ、何人たりとも入れないようになっていた。だから、紅花はその古びた宮殿を自身の執筆部屋とすることにした。


 そう、彼女が廃妃としてこの宮殿に入れられる十日前のことである。


 縁あって二人は悠々自適の冷宮生活を送っているわけだ。


「紅花ちゃんのおかげで快適だわ。まさかお酒まで飲めるなんて。このお酒はね、うちの息子が大好きなのよ。とっても甘いのよ」

「へぇ。あの顔で甘い酒が好きなんですね」

「あら、そういうのが若い女性は好きなんでしょう~? 怖い顔して優しいとか。ね?」

「そうかもしれませんね。艶珠さん、一仕事終えたお祝いに飲みましょ」


 紅花は欠けた二つの茶器に酒をなみなみとついだ。二人は茶器を鳴らすと一気に煽る。後宮に君臨した寵妃だったとは思えないほど豪快な飲みっぷりだ。


確かに甘い。甘いを通り超して甘ったるいと感じるほどだった。


 三杯飲んだあたりで遠くからトントントンと扉を叩く音が響いた。


「あの子だわ。受け取ってきてくれる?」

「わかりました」


 紅花は足をふらつかせながら。冷宮の入り口に向かう。冷宮は外から南京錠がかけられており、内側からは開くことができなかった。しかし、物をやりとりする程度の小さな扉がある。そこに置かれた食事を紅花は手にした。


 艶珠が冷宮に入れられて三年。毎日この時間になると置かれる食事だ。


「母上。今日も雲嵐が参りました」


 よく通る声が冷宮に響く。盆の中を覗くと、野菜炒めや饅頭が入っていた。


 紅花は返事の代わりに扉を一つトンッと叩く。艶珠は廃妃となったとき、雲嵐との会話を禁じられた。ゆえに、声を聞くことはできても言葉を返すことはできないのだ。


 それは雲嵐も知っていることだ。しかし、彼は食事を置くついでに少し話して帰るのだ。


三年前、艶珠と暮らし始めてから、紅花はこうして時々雲嵐の話に耳を傾ける。


紅花は扉の前に腰かけた。


「最近、面白い女に会いました。まるでつかみ所のない炎のような女です」


 雲嵐が静かに話し出す。


(それって、私のこと?)


 髪の毛はまだ曼珠沙華のように赤い。炎のようといえば炎のようにも見えるだろう。


「彼女のおかげで一つ事件が解決できましたが、当の本人は消え去ってしまいました」


 雲嵐の声はいつもの調子で、明るいのか暗いのかわからなかった。まさか、話しかけているのがその紅花だとは思うまい。


 雲嵐はしばし黙った。そして、何か言いかけて、押し黙る。


「母上、また来ます」


 足音が遠のいていった。


「面白いのは殿下のほうですよ」


 紅花は歯を見せてニッと笑うと、盆の中にある饅頭にかじりついた。あんこがぎっしりと入った饅頭だ。酒よりも甘い。


 完


最後までお読みいただきありがとうございました!

お楽しみいただけたら幸いです。


紅花と雲嵐の物語は書いていて楽しかったので、また続編が書けたらこちらに載せていきたいと思います。


最後に下のほうにあります☆に色を塗って応援していただけますと、作者の活力になります。

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