亨と秀樹
荷物が運び込まれたままの住居と呼ぶには程遠い状態の中、寝るスペースだけ確保して一旦部屋を出た。向かった先は同じアパートの108号室。俺の部屋は203号室。付属高校から進学したこともあったのだが、共に親が決めた物件にも関わらず、仲の良かった友人とたまたま同じアパートに住むことになったのは、世間を知らない俺にとってこの上ない幸運といえた。
108号室のチャイムを鳴らすと、顔馴染みの大男がドアを開けて顔を出した。バレー部出身の身長186cmの居辺秀樹。秀樹は台所部屋と生活部屋を隔てる引き戸の空間を通るにも、頭を潜らせていた。部屋は既に片付けが済み、小物を置かず四角い家具の稜線で作られた部屋の様相が、秀樹の几帳面な性格を呈していた。スマホという媒体で簡単に娯楽が手に入らないこの頃、友人と話すことが何よりの娯楽だった。大した話をするわけでもないのに、友人と過ごす時間に心が緩む。
ひとしきり話してから部屋に戻り、片付けは明日にまわしてシャワーを浴びて布団に入った。皆で並んで同じ部屋で寝る環境で育った俺は、ベッドで寝る事に憧れを抱いていたものだ。姉が使いこんだベッドは乗るだけで軋む音を発した。それでもベッドで眠れる特別な世界を感じ、段ボールだらけの冷たい部屋で、幸せな気持ちと共に落ちていった。