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夏担当  作者: 凪司工房
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 どんなものにもいつか終わりはやってくる。

 例えばパフェ。目の前に置かれた時にはとても食べ切れないほどあると思ったクリームの山が、気づくとグラスの底が見えていて、最後の一口を食べてしまうのが惜しいというような状態だったり、例えばテープの円が知らないうちに細くなっていて、その端っこに到達して中途半端な長さしか残っていなかったり、例えばシャープペンシルの芯が切れたので新しいものを補充しようとしたら、そのストックが空っぽだったり、例えばテュッシュボックスから引き抜いたティッシュがそれで最後の一枚だったりするように、何事にも終わりはやってくる。

 

 今、新山晴樹(にいやまはるき)の前には沢山のモニタが並んでいるが、そのどれもが眩い太陽の熱と楽しげな男女の姿を映している。砂浜だったり、公園だったり、木陰のある山道だったり、河川敷や学校のグラウンドなんかもある。一部では露店が並び、浴衣姿の雑踏も見える。

 どれもがその映像の中に“夏”を映していた。

 けれど、と晴樹は目線を自分の操作する端末に向ける。そこには「8月31日」と大きく表示されている。そう。つまり今日で夏が終わるのだ。


「新山君は今夜のパーティー出席する?」

「あ、神宮寺さん。どうも」


 振り返ると入口のところに濃紺のかっちりとしたスーツ調の制服に身を包んだ上司、神宮寺アヤメがいた。膝下のところで切れたスカートから伸びた足はやや筋肉質で、学生時代にチアリーディングで鍛えられたままだと苦笑を見せながら教えてくれたことを思い出す。


「みんな今日くらいは半休もらって出かけてるよ。いつもこんな狭いモニタだらけの部屋に籠もってばかりで、楽しい?」

「仕事ですから」


 そう言いながらも晴樹は背を向けて、モニタに向き直る。この部屋には全部で六十枚のモニタが壁を覆っている。そのどれもがここ、シェルターJの中のあらゆる場所をリアルタイムで映している。

 ただ一つだけ、施設外を映しているモニタが一番目立たない天井近くの隅にあった。そこには赤茶げた砂嵐だけが延々と映し出されている。時折、それが晴れる瞬間があるが、とても視界が悪く、何があるのかよく分からない。


「仕事か。新山君の口癖、他のみんなには不評だけど私は嫌いじゃないわよ。だって君たちがここでちゃんと季節管理をしてくれているから、このシェルターの人たちはみんな四季を楽しめるんだもの」


 腕を組んで立っていた神宮寺はゆっくりと新山の隣までやってくると、手を伸ばして端末を操作した。右手にはオレンジの、左手には濃い茶色のネイルがされている。料理なんてしてなさそうな綺麗な指だった。


「でもね、誰かを犠牲にして楽しむ夏って何なのかなあって、最近思うのよ。本来はさ、自然にあったものじゃない? それを人工的に作る。誰もが今は夏だと感じるように細部まで調整する。けれどそれはどこまでいっても本物の夏なんかじゃない。ねえ、新山君はこの仕事、楽しい?」


 神宮寺のやや濃く塗られた眉が、気難しそうに凹む。ただその下で潤んでいる瞳はやはり美しい。それを意識してようやく晴樹は自分のすぐ傍で彼女が呼吸をしていることに気づいた。


「ん? どうかした?」

「あ、いえ。その、仕事なんで、楽しいとか、楽しくないとかは考えたことないです」


 目を逸らし、他のモニタを見ているふりをする。仄かに香るのは何の匂いだろう。知っている香水ではない。いつも付けているものとも少し違う気がする。よく考えれば今ここで晴樹は神宮寺と二人きりだった。普段ならもう一人、彼の三つ下の後輩の三村さんがいるからこういった状況になることは少ないが、今日彼女は彼氏と最後の夏を楽しむために有給を申請していた。


「いくつだっけ、歳」

「一応今年の秋で二十八です」

「まだまだこれからね。たぶんあと二、三年で一度は考えることになると思う。管理職じゃないからまだ転勤もないだろうし」


 分からないだろうけど、という空気を滲ませながら神宮寺は続ける。


「今はただ目の前にあるものを必死でこなすのにいっぱいかも知れない。でもそのうちに余裕が出てきて、考えるのよ。この仕事は誰かの為になっているのか、って。自分の仕事の先に誰がいて、その人は笑顔になってくれているのだろうかって」


 沢山のモニタには人が沢山映り込んでいて、それぞれに夏を楽しんでいるのが分かる。彼らは大半笑顔だ。それを自分たちが作っている、と考えるのはやや傲慢かも知れないが、それでも管理し、支えているのは確かだ。


「あの、神宮寺さんは、見えるんですか……その笑顔が」

「だと、いいんだけどね」


 彼女は寂しげに目元を綻ばせると、こう続けてから、部屋を出て行った。


「少なくとも、一人は笑顔にしてみせたいから、今日の午後七時。第二公園に集合。返事は聞かないわ。これは命令ね」


 こうして、否応なく、夏の終わりの会に晴樹は出席することになった。


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