最終章 コンクリートジャングルの中で
果たして、理真の推理は正鵠を射ていた。
新潟から来た素人探偵の言葉など、警視庁の刑事はまともに聞いてはくれないだろうと考えた理真は、奥の手を使うことにした。自らのホームである新潟県警に連絡を取り、警視庁に顔の利く警察官に口利きをしてもらうことにしたのだ。
理真の推理をもとに捜査を行い、久津森殺しの犯人は皆田、そして、死体を隠蔽し、再び部屋に戻したのは大家さんであると、証拠と自供によって確定するのは、それからもう少し先のことになった。
事件解決後、いちおう、理真のもとに警視庁の刑事――現場で理真を邪険に扱った、あの刑事だった――から報告と謝礼の電話があったが、言外には、“あんたに口出ししてもらわなくとも、そのくらいのことは警察の捜査でも明らかにされていた”というニュアンスが見え隠れしていたという。
警察に捜査のすべてを委ねた理真と私は、新潟へ帰ることにした。本心を言えば、久しぶりの東京観光を楽しみたかったのだが、理真が締切を抱えているため仕方がない。
山越、エクソシスト剛田と挨拶をして別れ、私と理真は、保志枝琉香とともに東京駅構内の喫茶店で時間を潰していた。私たちが乗る新幹線まで、まだ時間に余裕があるためだ。
「理真先輩、由宇先輩、私、思ったんですけれど……」ミルクたっぷりのコーヒーをすすってから、保志枝が、「私が山越さんと知り合ったきっかけっていうのは、昨今世間を騒がせている、飲食店での迷惑行為の取材だったって話をしたじゃないですか」
「そうだったね」
理真が、こちらはブラックのままのコーヒーに口を付けて応じる。
「で、今回の事件と、飲食店での迷惑行為、これって、結局根っこにある問題は一緒なんじゃないかなって思ったんです」
「どういうこと?」
「“コンクリートジャングル”ですよ」
出たー。
「コンクリートジャングル?」
首を傾げた理真に、保志枝は、
「そう、コンクリートジャングルですよ。私、言ったじゃありませんか、『東京においては、他者はみんな自分に害なす猛獣みたいなもの』だって」
「うん」
「つまりですね、自分以外の他者を、自分と同じ人間とみなしていないから、今回のような事件も、飲食店での迷惑行為も、起きてしまうわけですよ。だって、そうじゃないですか。他人のことも、家族同然、とまでは言いませんけれど、自分と同じような心ある人間だという認識が出来ていれば、事故物件を隠蔽しようだとか、飲食店で迷惑行為をしようだとか、そんな考えに至るわけがないんですよ。“事故物件だという告知をしないまま、騙して家や部屋を借りさせようとする”、“自分が差し口をペロペロ舐めた醤油差しを使わせようとする”、自分の家族や親しい知人に対して、そんなことが出来ますか? 出来ないでしょう。それが出来てしまうのは、部屋の借主のことを、自分のあとからその席に座る客のことを、人間だとみなしていないからなんですよ。“人間以外の猛獣がどんな目に遭おうが、知ったことか”ってわけですよ」
熱弁を終えた保志枝は、コーヒーではなく水を一気に喉に流し込んだ。
確かに、保志枝の言うことは正しいのかもしれない。他人も自分と同じように、無邪気な子供時代を、青春の学生時代を過ごし、社会に出て、慣れない仕事と嫌な上司に翻弄されて、それでもどうにか生きている、ひとりの小さな人間であるという、そういった認識――想像力と言い換えてもいい――が、急速に社会から消えかけているのではないだろうか。ひと昔は、あれほど街角でもテレビでも、絆、絆、と連呼していたというのに。
と、見ると、保志枝は、再びコーヒーカップを手に取って、にやにやとしまりのない笑みを浮かべていた。
「どうしたの? 琉香ちゃん」
私が訊くと、
「由宇先輩、もしかして私、今、上手いこと言っちゃいました?」
……言った。ということにしておこう。
「ありがとうございました、理真先輩、由宇先輩。おかげで面白い記事が書けそうです。記事のタイトルは……やっぱり『突撃!隣の殺人現場』がいいと思うんですけれど、どうでしょうか?」
新幹線の改札前に立つ私と理真は、保志枝からそう告げられた。
よくよく考えてみれば、今度の事件では結局、誰も“殺人現場に突撃”などしていなかったな。突撃どころか一歩も足を踏み入れていない。実際、そのタイトルで記事を書いたら、「看板に偽りありだ」と言われてしまうのではないだろうか。
新幹線発車時刻が迫っている。
「それじゃあ、お二人とも、お気を付けて! また何か事件があったら呼びつけますからね! あ、あと、今度来るときも、お土産は『サラダホープ』でお願いします。ひと袋とはいわずに、それはもう、どっさりと……!」
手を振る琉香ちゃんに別れを告げ、私と理真は改札を抜けると上越新幹線に乗り込み、新潟への帰路についたのであった。自由席で。
お楽しみいただけたでしょうか。
今回は、「小説家になろう」公式企画「春の推理2023」参加作品ということで、もしかしたら、拙作に初めて目を通していただけた、という読者の方もいらっしゃる可能性もありますので、軽く作品紹介を。
本作の主人公、安堂理真は、私のシリーズ探偵です。ワトソンの江嶋由宇とともに新潟市に居住しており、主にホームグラウンドである新潟県下で起きる不可能犯罪事件を、新潟県警の刑事らと一緒に捜査、解決しています。タイトルにもあるように、本作で24作目となります。シリーズとしてまとめてありますので、興味をお持ちになりましたら、覗いてみていただけると嬉しいです。ナンバリングされてはいますが、どの事件も完全に独立していますので、長編でも短編でも、どこからでも読んでいただけます。
理真と由宇は、私の友人でイラストレーターのなおきひろさんにイメージイラストを描いていただいていますので、そちらも掲載します。
安堂理真
江嶋由宇
やさしく柔らかいタッチで描かれるイラストの数々には、私もいつも癒やされています。
以下は、イラスト作者なおきひろさんのピクシブとツイッターです。ぜひ訪れて鑑賞してみて下さい。拙作同様、よろしくお願いいたします。
https://www.pixiv.net/users/24514710 ピクシブ
@naokihiro_glr ツイッター
ここからは作品についてなのですが、企画のテーマが「隣人」です。昨年の「桜の木」といい、もうミステリにはぴったりの言葉であるがゆえ、イメージも想起しやすい題材ですね。「桜の木」は、梶井基次郎の小説「桜の樹の下には」を。「隣人」は、『ウルトラセブン』第10話「怪しい隣人」を思い浮かべる人がほとんどなのではないでしょうか(私も、どちらも作中で擦りました)。私自身、昨年は、「他の作家の方とネタが被らないようにしよう」と思って書いたのですが、参加作品をざっと見ていくと、「桜の樹の下には」いわゆる「桜の樹の下には死体が埋まっている!」をド直球ネタにしていた作品は、私が思っていたほど多くはなかったように感じました。やはり考えること(ネタ被りを避ける意識)は皆同じなのでしょうか。さて、今年は、「怪しい隣人」(イカルス星人)を擦った作品がどのくらいあるのでしょうか(たぶん、ほとんどない)。
「安堂理真ファイル」としては、前作の『入り相の鐘 ~安堂理真ファイル23~』が横浜での事件だったため、期せずして二作連続で新潟県外(どちらも関東)を舞台とすることになりました。次は、久しぶりにホームで活躍してもらいたいと思っています。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。