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第7章 召喚された男

「まったく、なんですか、あの態度は!」


 怒り覚めやらぬ保志枝(ほしえ)は、漫画なら「ぷんぷん」という擬音が踊りそうな表情で路上を闊歩している。

 いったん現場を離れることにした――離れざるをえないことになった――私たちは、とりあえず喫茶店にでも入って作戦を練ろうと、山越(やまこし)行きつけの店がある亀戸駅前を目指しているのだった。


「いやー、それにしても」と理真(りま)が、「現場で警察官に邪険な扱いをされる、あの感覚、久しぶりに味わったわ。ちょっと感慨深かった」

「確かに」と私も、「東京なんて、新潟みたいな地方都市とは比べものにならないくらい、より多くの不可能犯罪が日夜起きてるはずだろうからさ、もっと民間探偵に対する扱いも違うのかなとか思ってたから、少し意外だったね」

由宇(ゆう)先輩、あれこそ都会の人間関係なんですよ。コンクリートジャングル大都会東京の殺伐とした実態なんです」


 琉香(るか)ちゃん、もしかして「コンクリートジャングル」って言いたいだけなのでは。


「ともかく、警察としては」保志枝は続けて、「山越さんが死体を目撃したということは、あくまで見間違いだと、そういう観点で捜査を行っているということですね」


 先に論じた理真のまとめに準ずれば、パターンC(最初の死体が見間違えだった場合)、とでも分類されるのだろう。


「失礼しちゃいますよねえ」


 と保志枝に視線を向けられた山越は、だが、冴えない表情をして、


「いえ、もしかしたら、本当に私の見間違えだったということも……」

「何を言ってるんですか、山越さん」

「あそこまで刑事さんに言われてしまうと、何だか私自身も、そうだったんじゃないかなって、思うようになってきてしまって……」

「いけません、山越さん。自分を信じて下さい」

「そうですよ」と、その横から理真も、「警察に通報を決断するほど、山越さんにとっては強烈な体験だったわけですよね。そんな強い印象に残った事象が見間違えだったとは、私には思えません」

「……ありがとうございます」


 一度立ち止まって山越は、ぺこりと頭を下げた。


「何を言ってるんですか」保志枝は、彼の背中をばんばんと叩いて、「気をしっかりと持って下さい。私たちは、山越さんのことを全面的に信じているんですからね」


 その言葉に、理真と私も微笑んだ。もう一度、腰を折った山越が顔を上げると、保志枝は、


「それに、山越さんが見た死体が見間違えだったなんて、そんなの記事にしたら面白くなくなっちゃうじゃないですか」


 と本音を漏らした。


 歩みを再開し、駅までの近道となる住宅地の細々とした道を縫うように進んでいた私たちは、突然に背後から、


「おのおの方、あいや、しばらく」


 男性の物々しい声がかけられた。思わず立ち止まり、ゆっくりと振り向いたその先には、仁王立ちをするひとりの大男の姿があった。

 山伏のような白い袈裟をまとい、節くれ立った大きな左手を私たちに向け、右手は長い(しゃく)(じょう)を握っている。身長は百八十センチに届くだろう。足下は山歩きもこなせそうな堅牢なブーツ、首からは豪奢な装飾が施された十字架を提げ、背中には籐を編んだものと思われる行李(こうり)を背負っている。口周りに薄く髭を伸ばし、格闘家なのかと思わせる岩のような顔つきをしている男だった。


「ああっ!」

「あ、あんたは!」


 その――異様な――姿を見た山越と保志枝は、声を上げ、


「エクソシスト(ごう)()!」


 保志枝が名前を叫んだ。ここでも私と理真は、無言のまま顔を見合わせるしかなかった。


「エクソシスト剛田って……この人が?」


 私が訊くと、


「そうです、そうです」と保志枝は何度も頷いて、「あ、そういえば、由宇先輩と理真先輩は、剛田さんのことをご存じないのでしたね。……どうしたんですか? もしかして、剛田さんが発する気に気圧(けお)されているんですか?」

「ううん、想像してたのと少し違っていたから、ちょっとびっくりしただけ」


 私は、剛田と保志枝との間に、何度か視線を往復させた。


「いかにも、拙者がエクソシスト剛田にござる」


 そのエクソシスト剛田は、私たちを拝むように左手を立て、目を閉じて一礼すると、アスファルトに錫杖を突きながら――そのたび、環状になっている先端に通されたリング(()(かん)と呼ぶらしい)が、しゃんしゃんと音を鳴らす――近づいてきた。ひっ、と思わず私は、二、三歩あとずさる。


「ちと、お尋ね申したいのだが……」と剛田は、袈裟の懐からスマートフォンを取り出すと、太い指をディスプレイに滑らせてから、こちらに向けてきた。


「こちらの住所は、どの辺りになるのか、ご存じではあるまいか?」


 画面上には、どこかの住所と思われるテキストが表示されていた。それを眺めると、


「あっ! ここって」山越が反応して、「私の家の隣ですよ!」

「えっ?」


 理真、私、保志枝は、ディスプレイから山越に視線を移した。それを聞いた剛田は、


「おお、ご存じであるか」と笑みを浮かべ、「いや、拙者のスマホの地図アプリの調子がどうも悪く、経路案内が効かなくなってしまったのでござるよ。亀戸駅に下りるまではよかったのでござるが、なにせ始めて足を踏み入れる地で、どうにも弱り果てていたところ、おのおの方のお姿を見かけたゆえ、ちと尋ねてみようかと……」


 その格好で電車に?


「それよりも、山越さん」と保志枝は、「この住所がお隣ということは、それって……」

「ええ、事件のあった、()()(もり)さんのお宅です……」

「そ、そこを、剛田さんが探している、と、ということは……」剛田に視線を戻した保志枝は、「剛田さん、もしかして、こちらの住所を訪れる目的というのは……」

「いかにも」剛田は口元を一文字に結び、強く頷くと、「こちらの家屋に、非業の死を遂げた霊が取り憑いたと聞き、それを(はら)いに参った」


 錫杖をアスファルトに突き、しゃん、と音を鳴らした。


「し、しかし」と今度は山越が、「こちらのお宅は現在、まだ警察の捜査が完了していない状態で、中へ入ることは出来ませんよ」

「委細承知。無論、拙者が住み込むのは、警察の仕事が終わり次第となりまする」

「住み込むって、この家にですか?」

「左様、二十四時間、霊とともにすればこそ、拙者の除霊は成しえるというものでござるゆえ」


 もしそうなれば、山越にとっては本当に“怪しい隣人”となる。私は剛田の動画を見たことがないので、彼の除霊というものがどのように行われるのか知らないが、まさか、昼夜奇声を発し続けるというものでもあるまい。と、突然、剛田が、複雑な形に指を折り曲げた左手を突き出したかと思うと、


「オン・シュラ・ソワカ!」


 閑静な住宅地に、唐突に野太い声を響かせた。ひえっ! と驚き私は跳び上がったが、保志枝と山越は、本物だ! と物珍しげにその姿を見ていた。そんな中、ひとり沈黙を貫いていた理真が、


「剛田さん」

「は、はい?」


 真剣な声で呼びかけられたためか、剛田は自身のキャラクターを一瞬失念したらしく、素に戻ったと思しき声で返事をした。


「剛田さん」理真は続けて、「そちらの物件のことを、いつ、どのようにお知りになったのですか?」

「えっ? そ、それはですね……拙者のSNSに、ダイレクトメッセージが入ったのでござるよ」

「その住所で、死者が出たと?」

「さ、左様。それも、自然死などではない、明らかな他殺体だと。実のところ、ここ最近、そういったいわゆる“事故物件”の情報が少なくなってきておりまして、情報があっても、北海道だとかの遠方であったりとか。ですので、このような情報を頂戴したゆえ、さっそく参上つかまつった次第なのでござる」


 剛田は、徐々にキャラクターを取り戻した。


「そのメッセージが届いたのは、いつですか?」

「それはでござるな……ええと」剛田は、再び太い指をディスプレイに滑らせて、「今朝の、七時五分でござるな」

「七時五分……」理真は、保志枝に向くと、「琉香ちゃん、久津森さんの家に死体がある、と通報があったのも、同じくらいの時間だったよね」

「そ、そうです。七時くらいだと……」


 保志枝が答えると、理真は、


「ということは……通報者と、剛田さんにメッセージを送ったのは、同じ人だと考えられる」

「どうしてですか……? あっ、そうか」

「そう。その時点では、通報があった直後だから、まだ警察が現場に到着していないはずだもの。なのに、すでに『その住所で他殺体が出た』なんて知っているということは」

「警察への通報者、イコール、剛田さんへのメッセージ発信者だと考えるのが妥当!」

「そういうこと」


 言い終えると理真は、右手の指を下唇に当てて黙り込んだ。これは、彼女が推理に頭をめぐらせているときの癖なのだ。

 数十秒ほどの沈黙のあと、


「……わかった」

「えっ? わかったって、理真先輩、通報者が?」

「それと、犯人も」

「ええっ?」


 保志枝は声を上げ、山越と剛田は呆気にとられたように、朝の住宅地の路上に立ち尽くすばかりだった。

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